勝算のない量子ビーム育種技術の国策化

 重イオンビームによって遺伝子の一部を欠損させた「コシヒカリ環1号」、そしてその「コシヒカリ環1号」から作られた「あきたこまちR」の問題について、この2年間近くにわたり、指摘してきました。なぜ、この問題にこだわらざるをえないかというと、遺伝子を破壊することで「品種改良」だというのが大きな欺瞞でしかないということがまずあります。そして、今、日本政府がこの技術を日本の育種の基幹技術に据えて、民間企業も含めて、世界に売り出していこうとしている、その政策によって、日本の種苗の遺伝資源の将来が壊されてしまうこと、そしてさらに世界に影響を与えかねないという懸念があるからです。
 遺伝子を人為的に破壊してしまえば、その生物は突然変異を引き起こします。それを「新品種」と呼べば、手っ取り早く新商品が作れてしまいます。でも、それは近年の遺伝学を学べば、品種改良どころか、生物の進化の仕組みをむしろ撹乱するものであることがわかります。破壊された遺伝子は元に戻りません(壊されていない植物と交雑すれば別ですが)。遺伝資源を豊かにしていくことを考えていれば許されるものではないはずです。
 
 しかし、日本政府は「コシヒカリ環1号」系品種の全国化を計画しているばかりでなく、この技術を今後の日本の育種技術の根幹に据えようとしており、さらに、この技術を海外に輸出することによる知財権立国を国是としようとしています。
 
 世界でガンマ線による放射線育種については広島・長崎への核爆弾投下の後、すぐに「原子力の平和利用」を名目に世界各地で行われました。日本はこの技術を使って、多くの品種を作り出し、その数は世界第2位になっています。しかし、この方法は効率があまりに低く、放射線照射施設は維持費用が嵩み、施設老朽化と共に、この技術はほぼ命脈が尽きました。
 強いガンマ線を照射しても、植物の遺伝子に小さな傷(点突然変異)をつける程度で、生物には修復機能があるため、すぐに直されてしまいます。放射線で直接遺伝子が改変されることはまれです。しかし、放射線を照射することで、植物の細胞内で活性酸素が作られ、その活性酸素によって、突然変異が引き起こされることがあります。もっともそれは、1万点の植物にガンマ線を照射して、有意な突然変異が1〜数点できるかどうか、という効率になります。その効率性の低さゆえ、ガンマ線の放射線育種はほとんど行われなくなりました。日本でも新品種開発のためにガンマ線を照射する施設は2022年度で閉鎖となりました。放射線照射施設は国が税金を投じて作ったもので、経済効率の上でまったく合理性を持ち得なかったのです。
 
 これに対して、重イオンビームはガンマ線照射とは異なる技術です。放射状に広がる放射線と異なり、重イオンビームは加速器によって高速に直線的(ビーム状)にエネルギーを集中させます。そのため、1点に強い圧力がかかり、遺伝子の二重鎖を直接断ち切ってしまうのです。これは「ゲノム編集」によって遺伝子の二重鎖が切られるのと同じ効果を生みます。破壊された遺伝子が持っていた機能は損なわれ、既存の品種とは異なる性格になりますが、その遺伝子が損なわれたことによって、生物はより環境への対応力が損なわれることが懸念されます。
 遺伝子の機能にはまだわかっていないものが多く、その壊された遺伝子がどんな機能を失ったのかすらまだわかりません。病気に弱く、激変する環境の中で生き残ることが難しくなってしまうことは容易に想像つきます。
 
 現在、重イオンビームに加え、中性子線を合わせた「量子ビーム育種」は日本政府によって、今後の日本の基幹技術とされようとしています。18日に招集された特別国会では、革新的新品種開発のための新法が登場すると言われていますが、その革新的新品種開発で使われる技術は「ゲノム編集」や量子ビーム育種技術が使われる可能性が高いのです。「ゲノム編集」は敷居が高く、届け出も必要であり、それに対して量子ビーム育種技術はそれを必要としないため、「ゲノム編集」食品の抜け穴として使われ、今後急速に広がる可能性があります。
 
 そして、この技術の海外への売り込みも日本政府は実行中です。
 日本政府が作りだした核(原子力)技術の「国際協力」のためのアジア原子力協力フォーラム(FNCA)を通じて、日本政府はアジア各国で重イオンビーム利用を薦め、マレーシアとバングラデシュ、ベトナム、タイ、フィリピン、インドネシア、カザフスタン、モンゴルが試験にすでに着手済みであることが確認できます(中国と韓国は自国設備で実施)¹。
 
 さらに、民間企業の動きも活発で、それを経産省などが支援しています。民間企業のクォンタムフラワー&フーズ社(QFF社)は中性子線を使った照射技術を種苗企業や製薬企業に提供する事業を行っており、経産省やジェトロはこの技術の海外売り込みを支援しています。ジェトロと欧州の気候イノベーション組織 Climate-KIC はクォンタムフラワー&フーズ社をJ‑StarX Global Growth for Climate Tech in Europeに採択し、欧州への進出を本格化させており、すでにヨーロッパの有機種苗会社もQFF社からの提案を受け取ったという話も届いています。また、ベトナムでは経産省のバックアップで中性子線育種による酵母を使ったバイオ燃料生産効率化の国際実証事業がスタートしています²。
 
 日本政府はこの技術を有機農業でも活用可能だという、世界の常識から言ったらありえない方針を現在採っています。しかし、世界はそんなことを受け入れるでしょうか?
 世界の基準から考えたら、有機農業で自然界に存在しない量子ビーム技術を使うことはありえません。すでに米国でも放射線による突然変異品種を有機農業生産から排除するために2024年から検討が続いています³。しかし、日本はまったくその逆向きで、量子ビーム育種技術の推進のために貴重な税金が投入されているのです。
 
 新たな核技術である量子ビーム技術を日本が普及させるのであれば、そしてそれが日本の看板技術になるとしたら、私たちは広島・長崎から何を学んだのか、ということにならざるをえないのではないでしょうか。今、ここで立ち止まり、どんな食を守るべきか、将来世代にどんな遺伝資源を引き継いでいくべきか、考えるべき時に来ていると思います。
 
 そのためにも2月27日に行われるIFOAMジャパン主催の国際対話ウェビナー“重イオンビーム育種の米「あきたこまちR」は有機農業と相容れるのか”は重要な機会になります。
 
 平日の午前中ですが、世界のIFOAM関係者や遺伝子組み換え問題にも関わってきた科学者も参加する量子ビーム育種技術問題に関する世界で初めての機会になると思います。同時通訳付きで無料です。ぜひ、ご参加をよろしくお願いいたします。

「あきたこまちR」をめぐる国際対話
重イオンビーム育種の米「あきたこまちR」は有機農業と相容れるのか
詳細: https://v3.okseed.jp/event/ifoam_260227
申込: https://ifoam-japan0227.peatix.com/

参考
(1) アジア原子力協力フォーラム(FNCA)
https://www.fnca.mext.go.jp/index.html
今年の2月25日にはインドネシア向けに日本の加速器施設で重イオンビーム照射が行われる予定。この日本の加速器は今後、さらにバングラデシュ、マレーシア、モンゴル、ベトナム向けに使われる可能性がある。

(2) 中性子線育種のクォンタムフラワーズ&フーズ(QFF)、JETRO主催「J‑StarX Global Growth for Climate Tech in Europe」に採択
https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000030.000130495.html
クォンタムフラワーズ&フーズ(QFF)、経産省「令和6年度補正グローバルサウス未来志向型共創等事業費補助金」に採択。日本発の中性子線スピーディ育種技術により、ベトナムで、バイオ燃料に適した高耐性酵母を実証
https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000038.000130495.html

(3) 放射線育種と有機規格の問題を考える
https://v3.okseed.jp/news/7795

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA