節水型乾田直播を試みてみたいという農家の方が少なくありません。マスコミが問題も伝えずに、ここまで煽るから仕方ないところもあるのだろうと思います。そこで、農家にとってどんな問題があるのか、ということに絞ってまとめてみました。
まず節水型乾田直播とは何か。水田の場合はタネを直に田んぼには播かず、温室などに苗床を作って苗を育て、大きくなった苗を田んぼに移植する方法ですが、それとは違い、田んぼにタネを直に播きます。直に撒くには乾いた田んぼにまく乾田直播と水を張った田んぼにタネを播く湛水直播があります。前者もイネが芽ばえたら、水を入れて、後は水田としてイネを育てていきますが、節水型乾田直播は湛水させず、ほぼ畑の状態でイネを育てる栽培方法です。
節水型乾田直播では水田にはない難しさがあります。短期的な問題と長期的な問題に分けて考えます。
短期的な問題
・ 発芽問題
・ 雑草コントロールの問題
・ ラウンドアップ(グリホサート)などの農薬使用増大
・ 収量・収穫の確実性、食味などの問題
長期的な問題
・ 連作障害の問題
・ 種子コーティングやバイオスティミュラントの問題
・ 雑草イネの増加
・ 農薬耐性品種の導入の問題
短期的な問題
発芽問題
温室で苗床で苗を作るのとは条件が大きく異なり、乾田直播は自然条件に大きく左右され、播種後の低温で発芽しないケースは多々発生していることを聞きます。そのため播種をやり直すケースも多々あると聞いています。温室で、水も温度もイネが発芽しやすい状況を整えやすいのとは異なり、寒風吹きすさぶ田んぼに直接、タネを播くのですから、発芽率に差が出るのはやむを得ません。また、タネ播き後の水管理が難しく、土壌が乾燥しすぎると発芽不良を起こすリスクが高くなり、逆に水を多く与えすぎると種が腐敗する可能性もあります。
節水型乾田直播に適していない田んぼの場合、播種し直しでは対応が困難になります。たとえば漏水の多い、あるいは砂質の田んぼでは発芽に必要な水分を確保できず、発芽不良となりやすく、逆に極端な湿田では土壌水分が過剰となって酸素不足で発芽不良となることがあります。またでこぼこが多い田んぼでは水分の分布にムラができやすく、これもまた発芽不良の原因となります。
粘土質など水持ちのいい土壌で、排水がコントロールでき、均平度の高い田んぼである必要があり、適さない田んぼで節水型乾田直播を実施した場合、失敗するケースが多いようです。
雑草コントロールの問題
移植を行う水田による栽培の場合、他の雑草が生える前に大きな苗を植えることで、イネの側に大きなアドバンテージを与えることができ、また水を張った水田に生えることができる雑草は種類が限られるため、雑草を抑える上で水田は大きな力を発揮することができます。
しかし、乾田状態を続ける節水型乾田直播では、イネも雑草も同じスタートラインに立つことになり、雑草との競争に負ける可能性は高くなります。しかも水田と異なり、数多くの雑草が生育可能であるため、対応も容易でなくなります。水田であればホタルイ、ヒエ、コナギなど一部のイネ科雑草に限られるわけですが、乾田では他の種類の雑草も生えることができるため、その除草に大きな労力が必要になります。
畑状態でも有機栽培は不可能だというわけではなく、実践されている方もおられると伺います。しかし、後に述べる連作障害が起きるため、同じ田んぼから毎年、お米を作ることは難しくなるため、お米の生産としては減収となってしまい、また有機栽培をするには水田に比べ、あまりに手間が増えてしまうことになってしまします。
ラウンドアップ(グリホサート)の使用増大
節水型乾田直播と少し異なるのが農研機構によるNARO式乾田直播で、こちらは播種の後は水を入れて、水田状態で稲を栽培します。しかし、共通するのは最初がモンサント(現バイエル)の農薬ラウンドアップ(グリホサート)の全面散布から開始するということです。そしてさまざまな農薬が使われ、その中にはEUでは禁止された農薬がいくつも並んでいます。
乾田直播が広がれば、その分、グリホサートの使用量は増えていくでしょう。グリホサートにはその安全性を根拠付けていたと思われていた論文に大きな不正があることが発覚しており、最近、その論文は撤回されました。その使用が増えていくことは大きな懸念材料です。
収量・収穫の確実性、食味などの問題
順調に発芽したとしても、移植栽培に比べ、乾田直播による収量はやはり下がる傾向にあります。そのため、田植えの省略による労力を減らすことのメリットと収量の減少のデメリットを見ながら、判断することは経営の面から必要になるでしょう。雑草の発生で水田以上に労力がかかり、さらに収量が下がれば、それは失敗ということになってしまうと思います。
米価高騰で米の予約販売が大変な状況になってしまい、失敗ができないということで、これまで乾田直播で生産されてきた農家が水田移植栽培に変えたことが報道されたことがありますが、やはり節水型乾田直播は確実な収量を得られる方法ではないことがこのことにも現れていると思います。
また食味にこれらの問題が現れるケースも耳にします。
長期的な問題
短期的な問題は一定技術的に改善できる点があると思いますが、節水型乾田直播の場合はさらに長期的な問題が発生することが不可避であると考えます。環境問題は今回は保留して、農家の営農の成否に関わる問題に絞ります。
連作障害の問題
水田は水を引き込むことでミネラル分を効率良くイネに吸収させることができる画期的な栽培方法です。一方、節水型乾田直播の場合はこの利点が生かせないため、ミネラル分の吸収は主に化学肥料に頼ることになります。水田では連作障害はあまり起こりませんが、節水型乾田直播の場合は連作障害が起きやすく、さらに化学肥料の使用に頼ることになりがちであることが懸念されます。化学肥料の使用が増えれば、土壌への影響も深刻になり、土壌流出、将来的な生産力の低下、さらには農耕不適地に変わってしまう懸念も存在します。
種子コーティングやバイオスティミュラントの問題
直播の際には発芽を促したり、鳥や虫による食害を避けるために種子コーティングを行うことがあります。食べられないため、あるいはしっかりとイネが土の中に潜るように鉄コーティングをしたり、忌避するような味をするもの、ネオニコチノイド系農薬でコーティングするケースがあります。毎年、大量に投入されるとこれらの物質の与える影響もやはり懸念材料となります。
また、発芽後、根の生育を促すため、マイコス菌などの微生物資材(バイオスティミュラント)が使われるケースが多いと言われます。自然界のもとからあった微生物であれば環境は撹乱されませんが、外から持ち込んだ微生物が大量に導入されるとその影響は懸念されます。
雑草イネの増加
日本では節水型乾田直播はまだ広がっていませんが、米国や南米では乾田直播が主流になっています。そこで出現している大きな問題が雑草イネの出現の問題です。
雑草イネとは、ヒエなどの水田に生える雑草とは異なり、野生化したイネであり、収穫からこぼれたタネが自生して、野生化したり、交雑によって発生します。収穫からこぼれたタネは水田であろうと乾田であろうと、発生しますが、水田の場合は代かきを行い、水を張ることで土の中に蓄えられた雑草イネが繁殖することは難しい状態が作られます。しかし乾田の場合にはそれがないため、イネは雑草イネとの競合に曝されます。
雑草イネは脱粒しやすいため収穫減になるだけでなく、色も付き、食味も変わるため、農家の収入にも大きな影響を与えてしまいます。
まったくの雑草であれば、外見も違いますし、選択性除草剤を使うこともできるので排除することが可能ですが、雑草イネの場合はその違いがないため、排除することがきわめて難しくなります。
雑草イネは周辺の田んぼにも影響を与えるので、周辺の圃場で節水型乾田直播をしたために、やっていない圃場がその影響を受けるという可能性があります。
いったん、雑草イネが出現すると、その存在を99%排除しても、その田んぼは雑草イネだらけになってしまいます。雑草イネの影響をなくすためには99.6%以上、数年にわたり排除しなければなりませんが、効率的に排除する方法はなく、目視によって一株一株抜く必要があり、もしひとたび、雑草イネが出現すれば田植えで省略した以上の労力をかけて排除しなければならず、大きな問題になります。
農薬耐性品種の導入の問題
雑草イネだけを排除する有効な方法がないため、それを解決するために作られたのが農薬耐性品種です。ルイジアナ州立大学のライス・リサーチ・ステーションによって開発されたのがClearField系品種で、多数の企業が採用していますが、もっとも有力なのが遺伝子組み換え企業のBASF社で同社はClearFieldシステムとして同社の除草剤イミダゾリノンと組み合わせたものを提供しています。これは外来の遺伝子を含んでいないということで遺伝子組み換え扱いされていませんが、化学物質によって遺伝子の塩基に変異をもたらせる方法によって作られた遺伝子操作品種です。
すでに米国ルイジアナ州では過半数の稲がこの遺伝子操作品種になってしまっています。ブラジルなどでもかなりのシェアになってしまっていると考えられます。
問題なのは除草剤イミダゾリノンが土壌に18ヶ月の長い期間、残留してしまうことで、連作すると、すぐに雑草イネやイネ科雑草に耐性がついてしまいます。ですので、連作はできず、BASF社は別の農薬除草剤ACCase阻害剤に耐性のある品種を開発して、Provisiaシステムとして売り出し、Provisia→ClearField→遺伝子組み換え大豆など…というきわめて複雑な輪作を奨励することで、農薬耐性雑草の出現を防ぐことを呼びかけています(ClearFieldの後にProvisiaや普通のイネを栽培するとイミダゾリノンによって被害が出るので、ClearFieldの後にはイネは栽培できず、そこにイミダゾリノン耐性のある遺伝子組み換え大豆などをはさむ必要があります)。
農薬耐性イネの花粉が雑草イネにつき、雑草イネが除草剤耐性になってしまい、解決からは遠くなっているというのが実際でしょう。そしてさらに遺伝子操作品種に依存することになっていく可能性があります。
東南アジアでもこのClearFieldシステムが導入されている上に、Provisiaシステムを使った乾田直播がマレーシアなどを中心に普及し始めていますが、米国よりも高温多湿なモンスーンアジアの方が、この雑草イネ問題はより深刻になることは確実です。
日本に乾田直播が増えてしまうと、この雑草イネの問題は米国よりも高温多湿な気候条件ゆえ、より深刻になることは確実でしょう。これまで日本は水田によって(その代かきや成苗の移植、深水管理など)によって雑草イネの問題は深刻な状態ではありませんでした。しかし、ひとたび乾田直播が拡大すれば、米国、南米、東南アジア、南アジアで深刻化しつつある雑草イネとそれに伴う農薬の使用量が増えるという悪循環の中に日本も入ってしまうことが考えられます。
この短期的な問題、長期的な問題を合わせて考えると、節水型乾田直播にはさまざまなリスクがあることが言えると思います。
水田こそが高い持続性と生産性をもたらす優れた栽培方法であることを再認識する必要があります。
最後に
政府は農薬と化学肥料を減らして、有機農業を大々的に拡大させる「みどりの食料システム戦略」を2021年に打ち出しました。しかし、この節水型乾田直播はそれにまさにまったく反する政策であり、それを推進するというのはまったく政策的な矛盾であり、両立不可能なことであると言わざるをえません。農家がどんな選択をするかはともかく、政府がこの栽培方法を推進するのはおかしいと言わざるをえません。

2026年2月24日に節水型乾田直播問題院内集会を開きます。ぜひご参加を!
日時:2026年2月24日16時〜 参加費無料 要申し込み
場所:衆議院第1議員会館大会議室およびZoomによるオンライン会議
申し込みフォーム:https://forms.gle/uTnkoBTvZjnoujiD7
詳細ページ:https://v3.okseed.jp/event/dsr20260219
