米価の高騰が続く。この高騰をあたかもすぐに解決できるかのような栽培方法を今、マスコミが褒めそやし、政府が推進に躍起になっている。それが節水型乾田直播だ。でも、これを日本で大規模に拡大すれば、どんなことが起きるか、十分な検証をしているとは思えない。実際に節水型乾田直播は米国、南米ではかなり前から、そして近年は東南アジアや南アジアで始められている。その現実を検証すれば、日本で水田ができないところはともかく、水田を大規模に潰してまで進めるべきものではないことがはっきりする。
節水型乾田直播によって、どんな問題が起きるか、当然、化学肥料や農薬の使用増加は言うまでもないのだが、それ以上にやっかいな問題が発生する。それが雑草イネの繁殖だ。雑草イネは収穫に漏れたイネが野生化したもの。米の品質を下げてしまい、さらに収穫減をもたらすので雑草イネの繁殖は防がなければならないのだけど、乾田では対応が難しい。ヒエやホタルイなどの雑草であれば見分けも付き、選択性除草剤などで枯らせることもできる。でも雑草イネはイネなので、見分けるのも難しく、選択性除草剤では枯れない。
水田の場合は代かきによって地面に落ちたイネの種もみは深く押し込められ、発芽のチャンスが減る上に、田植えによって大きく育ったイネの苗と競争を強いられ、繁殖する条件は奪われる。だから水田では雑草イネが優勢になることはまずない。
でも、乾田直播ではそうはいかない。播くイネは、雑草イネとほぼ同じ条件で競わなければならなくなる。雑草イネは脱粒し、田んぼに残りやすく、土壌中の雑草イネの種もみは乾田の場合は年々増える可能性が高い。米国でも南米でも、この問題は深刻な問題になっている。
そこで導入された品種がClearFieldという農薬耐性イネなのだ。この品種は、遺伝子組み換えとしては扱われていないものの、化学物質(EMS、Ethyl Methanesulfonate、エチルメタンスルホン酸)を使って、遺伝子の塩基を変異させたもので、人為的な遺伝子操作をした品種であることには違いがない(当然ながら農薬使わずに栽培しても有機食品にはならない)¹。
この品種の導入によって、特定の農薬をかければ雑草イネは枯れるが、農薬耐性のイネは枯れないから、雑草イネをコントロールすることができるというのだが、これが解決策になるかというと、まったく解決策というにはほど遠い。というのも農薬耐性イネの花粉が雑草イネに受粉してしまい、あっという間に雑草イネが農薬耐性を獲得してしまうからだ。
まだ米国の場合は温度も低く、湿度も低いので、農薬耐性雑草イネの問題はまだましなのだが、これが高温多湿の東南アジアとなるとそうはいかない。あっという間に雑草イネが増えてしまう。そこで4大遺伝子組み換え企業の一つであるBASF社はこのClearField品種に加え、新たな農薬耐性イネProvisiaを開発して、この2つの農薬耐性品種やその他の作物との輪作によって雑草イネの対策を採ろうとしているが、実に複雑な輪作体系を敷かなければならなくて実践困難なのだ。
結局、温暖多湿なアジアで節水型乾田直播を導入すれば、すぐに多数の農薬に耐性のある遺伝子操作品種の必要が出てきてしまうことになるだろう。乾田にすることで土壌の微生物叢の多様性は減少する²。よけいに病虫害にかかるリスクも増え、連作障害も悩まされることになり、土壌の喪失なども懸念が増える。長期的な食料保障はより困難になることも想定されるだろう。
高温多湿なアジア地域において、水田という栽培方法が雑草・雑草イネをいかに合理的に抑える方法であるかを再認識せざるをえない。
現在の米価の高騰対策としては、農家の所得保障など根本的にお米の生産を安定させることが鍵になるはずだ。実際に農家の所得保障に必要な金額は膨大なものではなく(民主党政権時の予算は5000億円)、十分実行しうる額である。備蓄制度を拡大させて、一定の増産を図りつつ、農家の所得を保障しながら、米価を落ち着かせることは十分実現可能だ。
それをせずに小手先の技術を導入することで、将来的に取り返しのつかない事態を招くことになりかねない。水田ができないところで陸稲を栽培することを批判するものではないが、わざわざ水田を潰して、節水型乾田直播を導入することはまったく合理的な選択ではありえない。ましてや農水省がその推進に躍起になるというのはおかしいと言わざるを得ない。来年度の予算ではその推進に概算要求が出ているが、これは認めるべきではない。国会で日本の食と農の行方をしっかりとした議論をした上で、使うべきでない予算を止めてほしい。
以下参考情報
(1) H. Rouse Caffey Rice Research Station: A Rich History of Research and Variety Development
https://www.lsuagcenter.com/profiles/lbenedict/articles/page1622916075205
ClearFieldはルイジアナ州立大学(LSU)のライス・リサーチ・ステーション(Rice Research Station)によって開発され、多くの企業がその系統の品種を販売しているが、その中心がBASF。
Eighteen years of Clearfield™ rice in Brazil: what have we learned?
https://www.alice.cnptia.embrapa.br/alice/bitstream/doc/1133969/1/Andre-Andres-clearfield-rice-in-brazil-what-have-we-learned.pdf
ブラジルでの農薬耐性イネの状況は米国よりも一段と深刻に見える。
IRRI and BASF team up to promote direct-seeded rice in Asia
https://www.alice.cnptia.embrapa.br/alice/bitstream/doc/1133969/1/Andre-Andres-clearfield-rice-in-brazil-what-have-we-learned.pdf
国際稲研究所(遺伝子組み換えイネなどの開発など、バイオテクノロジー推進の研究所)と遺伝子組み換え企業BASFが乾田直播をアジアで普及させるためにチームを組んだ
(2) The impact on Cd bioavailability and accumulation in rice (Oryza sativa L.) induced by dry direct-seeding cultivation method in field-scale experiments
https://www.sciencedirect.com/science/article/abs/pii/S0048969724030225
乾田では土壌の微生物叢が減少する。そしてカドミウムを吸収しやすくなる。農水省は乾田直播と同時に重イオンビームによるカドミウム低吸収性品種の導入もまた進めていこうとするだろう。
