農薬使用は米国でも規制される流れになっているが、まったく規制されていない抜け穴がある。それがタネへの農薬コーティング。米国で生産されるトウモロコシのほとんど、大豆の大部分の種子がネオニコチノイド系農薬などの農薬でコーティングされている。タネにコーティングされたネオニコチノイド系農薬は作物が生長するにつれて植物の細胞に埋め込まれる。それを食べた虫は死ぬ。その毒性は出荷される農作物でも維持され、健康にも影響を与えることが懸念される。
虫だけではない。コーティングされた物質の大部分は土壌に溶け出し、土壌微生物や鳥などの野生動物にも影響を与えていることが知られるようになってきている。ネオニコチノイド系農薬の規制は強まる傾向だが、この種子コーティングは現在、米国では環境保護局(EPA)では把握すらしておらず、規制法も存在していない。
この問題がさらにやっかいになるのは売れ残った種子の廃棄だ。在来種の種子だったら保存状態がよければ数十年前の種子でも発芽することが期待できるが、コーティングされた種子の寿命は短く多くは1年持たないという。だから売れ残ったものはすべて廃棄処分となる。しかし、それは環境中に漏れれば人間を含む生命に危険な物質となる。当然、その廃棄は法的に規制されなければならないはずだが、これもEPAは把握していないのだという。市民組織CivilEatsが告発を始めた(1)。人びとの命を支える源が有害物質として処理されなければいけないというだけで大問題だが、規制もなく野ざらしで有害物質が漏れ出しているとすればさらに大問題。
このコーティングを行う工場周辺では周辺住民の犬が病気になったり、健康不安が発生して訴訟になったケースも出ている。しかし、EPAも、バイエルやシンジェンタなどの主な種子企業も動きをまだ見せていない。当然、農薬散布と同様、有害農薬による種子コーティングも規制されるべきだ。
本来の有機農業は種子も有機でなければならない。もしネオニコチノイド系農薬でコーティングされた種子を使うのであれば、農薬散布しなくても農薬使ったのと同じことになってしまう(2)。だから有機の種子をどう確保するかが大きな問題となる。EUでは有機農業を急速に発展させるために、それまで許されていなかった有機農家の種子の流通を認めることに政策転換した。イタリアは一歩進んで、地方自治体が在来種の種採りや流通を支援する条例を作っている。米国でも近年急速に有機種子を求める活動は盛んになってきている(3)。
もう1つ、有機の種子が必要なのは化学肥料や農薬に頼って作られた種子はやはり弱く、有機の種苗が確保されなければ有機農業は伸び悩む原因になるという(4)。韓国で有機農業がここのところ急速に伸びている一つの理由に在来種が韓国で有効に生かされていることも挙げられるのではないか。韓国では多くの自治体が在来種の種採りを支援する条例をすでに作っている。
日本では「みどりの食料システム戦略」が本格始動することになっているが、日本では政府は有機の種子生産にはまったく政策を持っていない。先日も国会での追及に対して、「農水省はホームページで民間の有機種苗を扱う業者を紹介しています」と答弁していた。これが日本政府の「政策」のすべて。しかし、今、その有機の種苗を扱う野口種苗店は注文殺到で受け付けを一時停止せざるをえない状況に追い込まれている。
私たちの命の循環の上で大きな役割を果たすタネを作り続けることは容易なことではない。その活動を支援しなければ生産増強どころか現在の維持すらおぼつかない。国や地方自治体が有機種子の種採りを支援しなければ、「みどりの食料システム戦略」でめざす有機農業の発展も絵に描いた餅になる。
(1) When Seeds Become Toxic Waste
(2) 種子コーティングには小さな種子を扱いやすくするために無害な物質でコーティングされるケースもあり、コーティングされた種子がすべて危険なわけではないとのこと。何によってコーティングされているかに注意しないといけない。
(3) Slow Seed Summit (このようなタネをめぐる大きなイベントが米国で頻繁に開かれている。政府の政策が伴わないために有機種苗生産拡大には大きな問題が指摘されているが、人びとの意識は大きく変わり、動き出している)
https://hopin.com/events/2022-slow-seed-summit/registration
(4) To Meet the Demand for Organic Crops, We Need to Produce More Organic Seed
To Meet the Demand for Organic Crops, We Need to Produce More Organic Seed
Why We Need to Revitalize Organic Seed Farming
Seed saving has deep ties to Maine’s past. In the face of climate change, it’s a future imperative
https://www.mainepublic.org/environment-and-outdoors/2022-04-15/seed-saving-has-deep-ties-to-maines-past-in-the-face-of-climate-change-its-a-future-imperative