取材のお願い:日伯原子力協定に反対する署名を日本とブラジルで同日提出します

日本政府は東京電力福島第一原子力発電所の事故が未だ収拾できないにも関わらず、ブラジルに原発を輸出することに邁進し、ブラジルとの原子力協定の締結をめざしています。 “取材のお願い:日伯原子力協定に反対する署名を日本とブラジルで同日提出します” の続きを読む

英国スーパーの非遺伝子組み換え飼料使用放棄と日本社会

英国のスーパーTescoがこれまで貫いていた遺伝子組み換え飼料を使わないという方針を撤回して以来、生協含む多くの食肉販売スーパーなどが遺伝子組み換え飼料を使わない方針を次々に放棄している。
Tesco、Asda、Morrisons、Waitrose、そしてSainsbury’sや生協のThe Co-operative Groupも。
Sainsbury’sとThe Co-operative Groupは鶏肉にはすでに非遺伝子組み換え維持の放棄をしていたが、それが豚肉にも拡大された(注1)。 “英国スーパーの非遺伝子組み換え飼料使用放棄と日本社会” の続きを読む

ブラジルへの原発輸出を許すな

この記事はノーニュークス・アジアフォーラムのニュースレターのために書いたもの。

ノーニュークス・アジアフォーラムとは

「ほとんどの先進国で、市民の力により原発 の建設ができなくなった今、 原発にたよる企業はアジアへ進出しようとしています。ノーニュークス・アジアフォーラムは、そうした動きをふせぎ、核も原発もない地球を私たちの手で作ろうと、アジア各国と連帯していくために作られました」 http://www18.ocn.ne.jp/~nnaf/

原子力村がその生存を原発輸出に求めようとする今、ノーニュークス・アジアフォーラムの活動にご注目いただきたい。転載を許可していただいたことに感謝する。 “ブラジルへの原発輸出を許すな” の続きを読む

怒らないのは日本の文化なのか?

 長く、苦しい気持ちにさせられてしまうことだが、原爆投下といい、原発事故といい、これだけのことが起きながらなぜ日本人は怒らないのか、それが日本の文化だからだという言われ方が日本の外では良識的な人びとの間ですらよくされる。
 今回の原発に限らない。『菊と刀』以来、日本は特殊な国、特殊な文化なのだ、という断定が世界中に蔓延っているし、日本人自身、そんな評価を自らの「誇り」にしている人さえいる。もちろん、独自性は常に重要だ。でも独自性と特殊性は異なる。前者は世界文化に独自の寄与をする根拠になるけど、後者は民衆連帯の妨げにしかならない。
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大豆の安全保障を!

大豆は言うまでもなく日本の食文化において要の位置を占める。大豆で作った味噌やしょうゆがなければ日本の食を成り立たせるのは難しいだろう。そして大豆は日本の農業の有機的なサイクルの一部をなす重要な作物でもあった。

しかし、近代の日本で大豆の生産は捨てられたままだ。富国強兵に走り、農村は貧困化し、大豆生産は落ちる。重要なタンパク源を失い、社会的騒乱を招くことも増えた。その危機的事態に対して、日本政府は農業政策を変更することなく、大豆を捨て続け、その代わりに、朝鮮半島を植民地化し、中国東北部に傀儡国家を打ち立てる。満州鉄道は別名大豆鉄道と言われたほど、日本は8割近い大豆を植民地体制で確保した。
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米国では枯れ葉剤耐性遺伝子組み換えの再調査

たびたび書いてきたが、日本政府が米国政府よりも早く遺伝子組み換えを承認する、という動きが生まれている。開発した米国企業の本国でその危険性ゆえに国中の論議となり承認がされていない枯れ葉剤耐性遺伝子組み換えが日本ではその使用(栽培・食用・飼料用)が認められているのだ。
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情報コミュニケーション技術のあり方にもの申す

PARC自由学校で「アクティビストのためのソーシャルメディア講座」の講師を引き受けることにした。

この間、社会問題を追うことと、社会運動の中で技術を使うこと(あるいは技術を使ってメディアを作ること)の二つを追ってきた。二兎を追う者は一兎をも得ずと言われそうだが、負け惜しみを言っておけばどちらもそこそこ成果を上げている。と言っても、どちらも社会的認知を受けるにはほど遠いから成果と言うにはあまりに乏しいものに過ぎない。僕は技術系の人間ではないのだが、だからこそ、現在の日本社会の中での技術のあり方については相当問題が見えるところもある。自分の非力ゆえに社会的認知が得られないのだが、現在の日本、企業社会も市民社会もともに持つ大きな問題もそこには横たわっている。
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