今国会で大企業による食のシステム構築が大幅に進もうとしている

 日本の食のあり方ががらって変わろうとしているのはタネの関係だけではない。食のシステム全体が書き換えられようとしている。今国会には食糧法改正案も出される。そして、昨年成立した食料システム法が4月から施行される。どう変わろうとしているのか?
 一言で言うならば、食料流通を大企業に委ね、小規模流通業者を排除する、しかも、国家の介入する権限を強化するものになるだろう。

強められる国家統制と大企業優先の食のシステム

 この動きが本格化したのは2020年施行の改正卸売市場法からだ。卸売市場とは小規模の生産者の売り先を確保し、また大規模流通業者に独占されないように小規模流通業者も参加できる場を確保する、つまり小規模な事業者を守る食品流通の民主化に必要な法律だ。そして、その場を守ることが地方自治体の責任だった。
 しかし、改正法によって、民営化に道が開かれ、卸売市場が閉鎖されたり、規模縮小(中央市場が地方市場に格下げ)、市場の民営化が全国各地で進んでいる。
 
 米騒動でも明らかになったが、小さなお米屋さんが備蓄米の流通から排除され、備蓄米は大規模流通業者に集中した。今回の食糧法改正案では米の備蓄の一部が民間業者へ移行される。備蓄義務や放出命令に従わない場合、最大1億円の罰金が科される。国家統制権限を強めておく一方、備蓄が一部の業者に託されることで、まずます食のシステムは大企業ベースに変わっていくだろう。卸売市場がなくなり、大規模流通業者に流通が直結することで、小規模な業者が入り込むことはより困難になる。
 
 4月から施行される食料システム法により、コストを適切に価格転嫁する「合理的な価格形成」を促し、「適正取引」を監視する体制(フードGメンなど)が強化される。しかし、ここでのコストは大規模業者中心に組まれ、それに対応できる業者はやはり大規模中心になっていくことが予想される。
 さらに2025年4月に実施された食料供給困難事態対策法は、言ってみれば食の戦時法。食料不足の際に国家が生産者や流通業者に直接指示が可能になる。
 国家権限を強めつつ、急速に食のシステムを大企業でしか担えないような法体制に変えていっていることが明らかだろう。

大企業中心の食のシステムの問題点は何か?

 「大規模流通店なら安くなっていいだろう」とか思うかもしれない。しかし、本当に大事なものは売っている商品の価格だけだろうか? もし安ければいいのであればすべてAmazon.comで買い物して、他の店がなくなってしまってもいい、ということになったら、そのことによる社会的コストは甚大である。
 
 まず、そのような大規模な食のシステムは長距離で大規模に食材を運ぶことになる。現在のイランの事態のようなエネルギー供給にもし何かのことがあれば、このシステムは止まってしまいかねない。自然災害にもこのようなシステムは脆い。エネルギー効率も地産地消のモデルよりもはるかに高く、環境に与える負荷も大きい。
 労働者の権利も無視されて、人びとはボロボロに使われる。誰の利益になっているのか?
 気候危機が高まる中で未来の食のシステムはより地産地消に近い形を模索しなければならない時代に、この動きはまったくの時代錯誤であると言わざるを得ない。
 
 また、食の決定権が生産者や市民の手から離れてしまうことはそれ以上に大きな問題点だ。食の調達が大企業しかなくなれば生産者は自分のこだわりで食を作ることはもはやできなくなる。言われたものを言われるように作る農家の下請け労働者化が進むだろう。そして、消費者も選択肢がなくなる。
 たとえば店が「ゲノム編集」された食品を売っていたとしても、それに消費者が文句を言うことも難しくなるだろう(すでにこれは起きている)。
 
 大企業の儲けになるものが優先され、生産者や消費者が求めるものを売るスペースがさらに消えようとしている。その際のコストには社会的コストは含まれていない。そしてそのコストを支払うのはすべての市民である。

どう変えるか?

 実際に世界ではどうなっているのか? 大きな鍵は学校給食にある。たとえばブラジルではPNAE(全国学校給食計画)やPAA(食料調達計画)が作られ、大企業に介在させずに国や学校が食料を地域の農家から直接買い上げることで、地域の小規模農家を守っている。韓国では地方自治体が地域の農家から無農薬食材を中心とする食材を直接買い上げている。その規模も大きく、この市場ができることで、適切な価格で生産者を守ることが一定可能になっている。
 さらにフランスではエガリム法が成立し、公共の食堂において、提供する食品の50%以上を品質・環境の基準を満たした持続可能な製品(うち20%はオーガニック)にしなければならないことが定められたことによって、学校給食や病院などでの食が一定守られ、生産者が大企業に買い叩かれない状況が作り出されている。
 
 なぜ、海外では地域の食のシステムが守られる制度が作られているのに、日本ではその真逆のことばかりが進みつつあるのか? それは分断されているからだ。専業農家は人口の1%を切っている。小規模流通で働く人も同様に少ないだろう。農家の状況に社会が無関心で、小規模流通の状況にも無関心であるから、このようなデタラメな法制度改革が日本では次々と進んでしまうのだ。
 
 でも食べないで生きられる人は社会に一人もいない。フランスでは農民が幹線道路を封鎖して、抗議し、それを市民も連帯した。大企業による食のシステムが農家を自殺に追いやったり、離農に追いやったり、環境を破壊し、農薬漬けの食品を増やしていることへの怒りと全社会的な連帯がこうした地域の食のシステム再構築のための政治を可能にした。日本で農家が苦しんでいても、地域の小規模流通店が苦しんでいても、見てみないふりを続けていれば、日本では食の権利はほぼ消え失せる。
 
 地域の食のシステムを再構築する上で、地域の農家、小規模流通業者、心ある生協、農協、学校、病院、地方議会・自治体が決定的に重要な役割を果たす。その連帯を作ることこそが現在進む大企業の食のシステム支配、国家統制から食を、そして社会を守る道になる。
 地域の食のシステムの守り手が減りつつある。地域の農家も、地域の小さなお店も。でもそれなしにわたしたちの食は守れない。どう新たな担い手を得て、将来にわたって、地域の食を守れるのか、地域で相談会を持つ必要がある。
 すでに学校給食の地産化・有機化が進んでいる地域での取り組みは参考になるだろう。それをもう一歩広げて、地域の食料品店、病院、ホテルなども含めることが考えられるはずだし、小さな行政単位の地域で取り組むことが難しい場合はその範囲を広げてみることも有効な選択肢になるだろう。
 なかなか動くきっかけが作れないという場合は、「ローカルフード憲章草案」などを作って、賛同者を募るというのもおもしろいかもしれない。できるだけ多くの人が賛同できて、しかも地域の食のシステム再構築につながるような最大公約数的なことをまとめて、賛同者が多くなれば、それを元に条例にすることもできるかもしれないし、領域を超えて、異なるセクターの人たちとつながる第一歩になるかもしれない。

 いずれにしても待ったなしで動かないと、未来の日本食は企業の利権のものばかりになってしまう。がんばりましょう!

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