ゲノム編集によって狙ったとおりの遺伝子を破壊できたとしても、想定外のタンパク質が生成されることがあることはこれまで多くの研究者が目にしてきた(1)。この事実は研究者であれば周知のことだろう。日本でも理研の研究者が指摘している。
「本研究では、標的とするゲノム領域に狙い通りの突然変異を導入しても、想定外の標的タンパク質発現が生じる例を示しました」(2)
農水省はゲノム編集によって遺伝子操作した農畜産物の解禁の骨子案をまとめて、29日締め切りでパブリックコメント実施中だが、この骨子案、見れば見るほど大問題で、挿入する遺伝子については詳細に報告することを求めているのだけど、一方で、それによってタンパク質にどんな変化が起きるかについては、「切断部位がコードする遺伝子について、その名称、当該遺伝子の機能、当該遺伝子の発現により産生されるタンパク質の機能とともに、当該遺伝子を改変した場合に生ずると理論上考えられる機能の変化について概要を記載すること」と書かれているだけだ。理論上考えられるものを書けばいい? 実際に想定外のタンパク質が生まれていないか、しっかり実験して証明すべきだろう。でもそれは具体的には求められてさえいない。
従来の遺伝子組み換え生物では企業が提出した申請書に基づいて、公開された場で検討委員が検討して承認を決める形式を取っている。市民もその検討会を傍聴することもできる。日本での審査は他の国と違って、申請が来たらほぼ自動的に承認するベルトコンベアなので、それと同じにすればいいということにはならないが。
しかし、ゲノム編集ではこの過程すらなくなる。農水省が問題なしと勝手に判断すればそれでお終い。問題はすでにこれだけ指摘されているのに、それを「安全」と言い切って満足な検討もしないで解禁するというのは、それほどトランプが怖いのか、国内のゲノム業界を強化せよという官邸の声が怖いのか、農水省の本来の仕事を放棄しようとしている。
ゲノム編集という言葉はミスリーディングというか誤解を生む表現に思える。編集というと、あたかもゲノムを新たな状態まで仕上げることができる技術と受け取るだろう。でも、実際には違う。細菌がウイルスに襲われた時にそのウイルスを撃退する仕組みなどを使って、特定の遺伝子を破壊するだけだ。その生命体は遺伝子を破壊されると、それを修復しようとする。そこに修復する材料を提供すれば新しい遺伝子を加えることができ、提供しないままにしておけばその遺伝子は欠損する形でゲノムの修復がなされるということで、そこには人間はタッチすることができず、天まかせになる。だから正確に表現するならば、遺伝子破壊によるゲノム自己再生と呼ぶべきものであって、編集というのはちょっと誇大広告といわざるをえない。
ゲノム編集はそれほど正確でも安全でもない技術だが、ゲノムがどんな形で機能しているのかを調べる上では数々の発見をもたらしてくれる技術であることは理研の研究を見ればわかるだろう。すべての生命を貫くドグマであるとこれまで考えられてきたものでは表現されない機構の存在がつかめてきた。その機構を解明することで病気の原因を究明することにつながる可能性は十分ある。その研究によって、現在の遺伝子組み換え企業が古いドグマにどれほどしがみついているか、明らかになっていくだろう。それに反対するものではない。しかし、それが有意義なのは研究室の中に限られる。ひとたび起こした遺伝資源の破壊が後世に受け継がれてしまえば、取り戻せない被害が生まれる可能性がある。生態系や健康破壊に手を貸すことは許してはいけない。
農水省案が通ってしまえば、知らないうちにとなりの畑や水田がゲノム編集作物を栽培していた、あるいは自分も知らないうちに栽培していた、ということになりかねない。あくまで骨子案の撤回を求めたい。農水省のパブリックコメントの締め切り29日まで(3)。
(1) オンターゲット通り探し当ててもゲノム編集による変異はコントロールできない。
Off-target mutations not the only concern in gene-edited plants
(2) ゲノム編集の落とし穴-“セントラルドグマ”が書き直される可能性も-
(3) パブリックコメントの送信はこのページから↓
「農林水産分野におけるゲノム編集技術の利用により得られた生物の情報提供等に関する具体的な手続について(骨子)(案)」についての意見・情報の募集について