2026年7月14日、参議院農林水産委員会で参考人質疑が行われました。これまで重要品種の育成及びその種苗の生産の振興に関する法律案(新育苗法案)と種苗法改正法案が審議されていましたが、参議院での審議ではこれに加え、超党派議員が提出した議員立法「主要農作物の優良な品種を確保するための公的新品種育成の促進等に関する法律案(主要農作物確保法案)」の3つが一括審議されました。
私、印鑰智哉はその参考人として意見陳述することになり、以下に掲げるのはその内容です。なお、末尾に掲げますが、この意見陳述は動画でもご覧いただけます。時間の制約上、動画の中では以下の原稿の中で省いたものもあります。
みなさま、貴重な機会を与えていただいたことに感謝申し上げます。
日本の新品種開発停滞の原因について
さっそく問題に入らせていただきます。まず先の衆議院農林水産委員会での審議においてもたびたび、日本における新品種開発が停滞していることが指摘され、その原因が問われました。

その際、農林水産省の答弁は気候変動に伴い育種のコストが増加しているため、というものでした。
3ページのグラフをご覧ください。2001年、日本はEUに次ぐ、世界第2位の育種大国でした。各国とも年々、大きく新品種開発数を伸ばしていますが、日本だけが大きく減らしています。

なぜこのような停滞を来したのか、気候変動を原因とすることには無理があります。真の原因の解明なくして実効性のある法案は成立し得ません。参議院の審議におかれては、しっかりとした解明がなされることを期待いたします。
4ページをご覧ください。日本では1998年種苗法制定以降、今回は5回目の改正となります。この28年間にわたり、ずっと育成者権が強化され続けてきました。

今回はさらに10年間の育成者権の延長が提案されています。世界での標準は15〜20年であるので、世界に例のないレベルの独占期間が設定されることになります。

育成者権を強めることが、新品種開発を促進すると強調されますが、この28年の歴史を見れば、そのように機能していないことがわかります。むしろ知財権を過度に強めることで、開発が盛んになるどころか、開発コストが高くなって、競合者を排除する結果となり、イノベーションが停滞する可能性があります。

米国では前バイデン政権は2023年に種苗の知的財産権を抑制する大統領令を発しました。
米国の種苗の知財権は植物品種保護法と植物特許法によって設定されますが、日本の種苗法にあたる植物品種保護法の下では、EUの成長率を上回るスピードで新品種が作り出されています。米国の植物品種保護法は日本よりも緩やかで、育成者権期間も日本より短いものです。

一方、米国では植物特許法の知財権ははるかに強いものです。特許品種の品種開発は長年停滞しています。そこで大統領令を出して、知財権を制限すると同時に、誰でも使える公共品種に予算を投入しようと政策が転換されたのです。
米国政府と同様に日本政府もこの間の知財権強化一本槍の政策を改める時が来ているように思います。
多国籍企業が地方自治を乗っ取るきっかけ
「重要品種の育成及びその種苗の生産の振興に関する法律案」ですが、農研機構が構築する育種データベースを民間企業を含む育種組織に提供して、新品種開発を行わせ、そして開発した品種を植物工場や「都道府県基本計画」の下で生産することも含んだ、新品種開発と種苗の生産、両方を含む法案となっています。

その12条第7項では、民間企業が、都道府県基本計画を作成し、提案できることになっています。国から認定を受けた民間企業が直接基本計画を作成して、都道府県に提案できるとなれば、民間企業の影響が直接、地方自治に及ぶことになります。そして、その企業は日本企業に限りません。

世界の種苗メジャー企業のための国際条約であるUPOV1991条約を日本は批准しており、この条約は外国企業にも、内国民待遇を与えることが義務付けています。そのため、この12条は、多国籍企業が地方自治に介入するきっかけを与える可能性があります。衆議院での審議でもこの件の質問がありましたが、農水省の答弁は申請があれば精査する、に留まりました。この制度を作ってしまえば、拒絶することは困難になります。
多国籍企業からすれば、日本市場規模はとても小さく、しかも優秀な多数の品種が安い価格でせめぎあっており、参入する意欲も持てなかったことでしょう。しかし、今回の種苗法改正は日本で生産された種苗の海外輸出を睨んだ改正となっています。多国籍企業からすれば日本の優れた育種データで新品種を開発できる上に、都道府県のインフラを活用して、その種子を生産できて、海外市場にも売れるとなれば、話は変わります。
このままでは公的資産を海外企業の利益に変えるロンダリング行為を許す法律になりかねません。国内企業でもその恩恵に預かれる企業は広域で展開するわずかな大企業に限られ、日本の遺伝資源を守ることに貢献してきた地域の小さな種苗企業は排除され、伝統的食文化を支えていたタネが失われ、種苗企業の独占が進むことが想定されます。
これまで日本の地域で使われるタネを全国で増産し続けてきてくれているJAなどを初めとする採種組合の方たちも、大企業の利益のために動員されることでしょう。果たしてそのような事態になることへの同意が、関係する農家の中であると言えるでしょうか?
「ゲノム編集」育種について
この法律は気候変動対策を大きな目的として掲げています。そして、政府でこれまで「ゲノム編集」やAI育種の2つを大きな柱として検討してきています。

しかし、「ゲノム編集」育種によって気候変動対策を行うというのは現段階では現実的ではありません。気候変動に関わる遺伝子は万単位とも言われますが、現在の「ゲノム編集」技術はせいぜい1つの遺伝子を操作するに過ぎないものであり、気候変動などに対応できる品種は今にいたるまで成功した品種が1つもありません。
「ゲノム編集」品種は従来の方法で育種された品種と変わりがないとして、政府は表示なしの流通を認めています。しかし、「ゲノム編集」、そして核の技術である重イオンビームや中性子線を用いた人為的突然変異育種では、意図しないオフターゲット変異が存在し、時間の経過と共にそれらが突然発現し、大きな問題を起こす可能性も指摘されています。米国のジョン・フェーガン博士はこれを「時限爆弾」と表現しました。干ばつ耐性遺伝子組み換えトウモロコシも結局、期待されたほどの収量を上げられず、失敗に終わっています。十分な収穫を得られない遺伝子組み換えタネを押しつけられた農家が自殺に追い込まれる事件もインドなどで深刻な問題になりました。果たして、気候変動が激化する今日、こうした技術が公金を投じるに値するか、大いに疑念が生じます。
また、「ゲノム編集」種苗は有機農業に用いることは禁止されます。禁止種苗を避けるためには、「ゲノム編集」表示義務が必須ですが、日本政府はその表示義務を課しておらず、混乱が発生するでしょう。
EUは先月、「ゲノム編集」生物の規制緩和を決めましたが、同時に「ゲノム編集」種苗の表示義務を課すことを決めています。日本でも早急に「ゲノム編集」種苗への表示義務制度を作る必要があります。
AI育種について
もう一つの革新的新品種開発の手法として注目されるAI育種についてですが、AI育種によって膨大なタネの中から最適な交配の組み合わせなどが提案できるなど、人の能力拡張手段としては有効な方法として使えるかもしれません。しかし、タネを最終的に使えるものにするのはあくまで人であることを再確認する必要があります。
なぜ日本の新品種開発が停滞しているのか、一番大きな理由は育種に関わる人材が急速に失われていることにあると考えます。AI育種にすれば人がいなくてもいい品種を作れると考えるとしたらそれは大きな間違いです。

また育種データベースを活用する際、データベースに取り込まれた元の品種を作り上げた人たち、そのタネを守り続けてきた人たちへの利益配分(ABS)が重要です。しかし、AIによって、ブラックボックス化されてしまえば、配分されるべき利益が配分されずに、遺伝資源保護の担い手が大きな損害を受ける可能性があります。
その利益をどのようにその守り手に還元するのか、その農家や地域コミュニティの権利を保護する枠組みはまだ成立していません。
未知のリスクを伴うゲノム編集や、ブラックボックス化による問題を引き起こすAI育種に莫大な予算を投じるのではなく、即戦力となるDNAマーカー選抜のような現場の育種家の経験を助け、交配の効率を確実に上げる堅実な技術や、その技術を使いこなせる人材の育成にこそ投資すべきです。
主要農作物確保法案について
主要農作物確保法案についても一言、意見を述べます。米国政府が、公共品種の重要性を再認識したことは前に述べました。超党派議員のみなさんによって、公共品種を重視する法案が提案されたことは日本にとって、とても重要なことだと歓迎いたします。

しかし、この法案での公共品種の定義は曖昧に見えます。本来、公共という名前を冠するものになるためには、その品種が真に公共性を具現した品種であることが求められるはずです。
また、この法案の実行を裏付ける予算が努力義務に留まっているのも理解に苦しみます。方や重要品種法案に基づき認定を受けた民間企業にはさまざまな優遇措置があり、予算も確保されるのに、この確保法案での予算は努力義務に留まるということであればあまりにバランスが取れないものとなり、公共品種の育成が後回しになる可能性は大だと言わざるをえません。公共品種の場合にも重要品種法案と同様の優遇措置や予算措置がなされるべきです。
地域のタネを守る成功例が世界中に
今回の重要品種法案では対象が広域で使われる品種に限定されています。広域で少数の品種を作るのは種苗を売る側にとっては利益が拡大しますが、それを使う農家は、広域の多くの農家と競合状態に置かれることになります。競合に負ければ離農を余儀なくされる農家も出てきますし、地域が大きな打撃を受けることも起こりえます。
世界には、それとは真逆の成功例があります。それがイタリアのトスカーナ州で始まった在来種を保護し、活用する州法です。1997年にこの州法が成立すると、トスカーナ州にとって重要な在来種を採種する農家への財政支援が行われ、また在来種の利用も活発になりました。土地に合った在来種は化学肥料や農薬なしにもよく育ち、そこにしかない在来種のタネはその地域の農家の強みになります。その生産は、その地域の料理に他の地域にない特徴を与え、ガストロノミーツーリズムで地域を訪問する旅行客が激増し、トスカーナ州の地域経済の活性化に大いに貢献します。
トスカーナ州でのこの州法の大成功により、イタリア全20州のうち14州が同様の州法を作るにいたります。イタリア中央政府も2015年に法律を定め、イタリアの発展に必要なタネ、遺伝資源を守る法律を制定することができたのです。

イタリアと日本はとてもよく似ています。中山間地が多く、多くの農家が小規模です。でもイタリアの農家は大きな強みがあります。つまり、その地域にしかないタネを彼ら自身が持っており、世界はそのユニークな農作物に高い価値を与えています。

イタリアのような成功例は世界の流れになりつつあります。フランスでも2016年「生物多様性回復法」が生まれ、同様の法制度はラテンアメリカでも生まれています。米国でも州法で「シードライブラリー法」が多くの州で成立し、ブラジルでは2005年段階で一足先に在来種のタネを守る条項が作られ、それはブラジルのアグロエコロジー政策を大きく進めるものになりました。そして、お隣韓国でも、在来種保護条例を定める地方自治体が生まれ、学校給食などに在来種の農産物が活用されています。インドは農民による育種が活発で、インドにおける登録品種は半分が農民による育種です。フィリピン政府も農家による育種を支援する法律を制定しており、多くの農家が仲間の農家が育てた気候変動に強いタネを活用しています。
地域と農家を守るのは地域のタネであり、多様なタネは環境の変化にも強いことが期待できます。残念ながら、日本では、この分野、つまり在来種や農民による育種による種苗を強化する政策はまだ始まっていません。日本国内では海外産の安い種子価格との競合のため、採算採れるような状況になく、採種農家の数は激減しており、存続そのものが危機的な状況と聞いています。

特に深刻なのが大豆の採種農家です。大豆は日本食の要です。地域に根付いた在来種の大豆は日本の食文化のコアを担います。しかし、このままではあと数年でほとんど失われてしまうかもしれません。外国で採られた大豆による日本食にどれだけの価値が見いだせるでしょうか? 日本の食文化は風前の灯火です。イタリアとなんと対象的なことでしょう。
アジアの農民に敵視される日本の種苗政策から脱するために
最後に、日本政府は東アジア植物品種保護フォーラム(EAPVP)などを通じて、アジア諸国に種苗法の改正とUPOV条約の批准を押しつけているとして、アジア各地の農民から抗議の声が上がっていることについて、述べておきます。

私自身、ここ数年、マレーシアやインドネシアでのタネの権利に関する国際会議に参加していますが、日本政府の行動に対する強い批判の声に直面しました。
気候変動が激化する中、熱帯アジア地域に生息する農作物は日本にとっても未来の食料保障のために、なくてはならないものになる可能性があります。しかし、現在のような敵対的な政策を続ければ、誰が日本に提供してくれるでしょうか。ますます厳しい環境の時代を迎える中、アジアとの相互互恵的な関係を発展させることこそ、日本の農政が目指すべき道であり、ごく一部の種子企業だけを利するアジアの農民に対する敵対的政策は即時にやめるべきです。
タネの存続と農民の生存は深く結びついています。日本政府も批准している食料・農業植物遺伝資源条約はタネの政策決定に農民は参加する権利を有する、と規定していますし、小農および地方で働く人びとの権利宣言にもその権利は詳細に規定されています。しかし、この今回の法案はどれだけ農家の参加のもとで審議されたでしょうか?
もう一度、日本の種苗政策を見直し、多くの農家の参加の下に、種子の権利を守る種苗政策に転換することこそが、日本の農業、そして日本社会の真の発展につながると考えます。ご一考をお願いいたします。
以下、参議院農林水産委員会の動画でもご覧いただけます。
