ぜひ、見ていただきたいビデオ。植物はどうして成長していくことができるのか? それには根圏細菌と菌根菌糸、さらには土壌昆虫との共生関係抜きに語れない。
「土は生命体」
農薬を気にする人は多いが、同様に化学肥料を気にする人は多くない。でも、化学肥料を使えば農薬なしでは済まなくなる。なぜ、そんなことが起きるのか、このビデオを見ればはっきりわかるだろう。
よく誤解されるのが「草は土の養分を取ってしまう」というもの。しかし、逆に実際には草は土に栄養を与える存在。光合成によって作り出した糖(炭水化物)を土の微生物に与える。そして微生物が土壌の中のミネラルを植物に渡す。だから土を草で覆うことで土はむしろ豊かになっていく(窒素を除くミネラルは一定戻す必要があるが、その草が枯れて土に戻ることでもその循環が一部可能になる)。
それだけでなく、この共生関係によって植物は病気に強くなる。微生物によって自然のバリアを作ってもらえるからだ。その共生のあり方はなんと興味深いものであることか。
しかし、化学肥料を与えることで植物と土壌微生物との共生関係が壊され、土の中に蓄えられた炭素は空中に逃げ、土は栄養を失い、気候変動も激化してしまう。世界大で促進された「緑の革命」によって世界の土壌と土壌生物は大きく傷ついている。水資源にも大きな影響を与えている。
化学肥料を減らし、この共生関係を取り戻すことで、植物も栄養豊かになり、病気にも強くなり、農薬や化学肥料が必要なくなり、経営的にも、生産性も上げていくことも期待できる。
土壌の劣化に悩む世界各地で、土壌を回復させる試みが始められている。有機農業をめざしていたわけではないのに、衰えてしまった土壌生産性を取り戻そうと努力した結果、化学肥料や農薬が不要になるケースも増えている。化学肥料に依存した農業から脱却する革命が静かに進行しつつある。
このビデオを制作したのはオランダで菌根菌や土壌細菌、有機肥料などの農業資材を売るPHCという会社(1)。広い意味での広報ビデオと言えるけれども、根圏細菌や菌根菌の働きについてはとてもわかりやすく描けているので、昨年7月に英語版を紹介した(2)ところ、研究者の方にビデオを翻訳していただいたので、それを生かして字幕を入れさせてもらった。
耕起や有機肥料については異なる意見もありうるだろうけれども、化学肥料や農薬が引き起こす問題について理解してもらう上では効果的に使えるのではないかと思う。
(1) PHC company profile
(2) 2018年7月25日のFacebookの投稿
土壌細菌や菌根菌が果たす役割をビデオで表現した「土は生命体」(制作PHC。日本語字幕12分弱)、視聴が7000回を大きく超えた。反響も大きい。
短いビデオなので化学肥料では実現できないその豊かな世界を垣間見せてくれたに過ぎず、これ以外にも話題は尽きないものがある。
たとえば、菌根菌糸はグロマリンという粘着性の高いタンパク質を土壌に分泌する。このグロマリンが細かい粒子の集まりである土を水や栄養分をしっかりと蓄えることができる塊(団粒状の土)へと変えていってくれる。つまり菌根菌は自らの生存に必要な水を蓄える力を土に与える。グロマリンが固めてくれた土壌はそう簡単に雨や風で流されたりしない。
こうした土壌の変化によって、そこに住む植物や土壌細菌にとっても生存しやすい環境になっていく。過酷な日差しの元でも土の温度は保たれやすくなる。地域のマイクロ気候変動にも影響がある。そうした菌根菌の生きた土地では暑い日でも暑さが和らげられる。生きた土のあるところに行くとさっとさわやかな風が吹いてくる経験のある人は多いだろう。
これがなければ土は水を保持することもできず、乾燥に直面せざるをえない。そして、グロマリンのない土は雨や風でどんどん流されて消えていってしまう。
今後、日照りや豪雨の極端な気候変動が世界で激化していくことが予想されているが、この菌根菌や土壌細菌が豊かな土にしていくことで被害も最小限にしていくことができる。使用可能な水は今、どんどん失われつつあり、世界の焦点の問題の1つになりつつあるが、土壌微生物は膨大な水を守る力があると言うことができる。
現在、遺伝子組み換え企業は干ばつ対応をうたった遺伝子組み換え作物を出している。しかし、遺伝子組み換え作物の耕作によって土や水が失われる状況を一方で作りながら、それへの対応製品を売り込むなんて、悪徳商法、環境破壊ビジネスとしかいいようがない。そんなものを使わなくても土壌の健全性を回復することで、干ばつへの備えはできるし、しかも、干ばつ耐性遺伝子組み換えには不可能なさまざまな好循環を作り出すことができる。
土壌微生物と植物の関係のすばらしさは水を保つだけではない。もっとおもしろいのが病原菌の件かもしれない。これは後日。
このビデオの中で、植物を育ててきた細菌や真菌が逆に植物を襲い始めるというくだりがある。これこそ、今、私たちの体でも起きていると考えられるだろう。
人体の中にも100兆とも言われる腸内細菌があり、その活動によって人間は身体を制御する神経伝達物質に必要な必須アミノ酸などを得ることができている。しかし、抗菌・殺菌剤や農薬が撒かれることで、ここに大きな変化が起きていると想定できる。
たとえばカンジダ・アウリスという菌。記事を引用する。
“平成21年に日本人研究者が「新種」として世界で初めて報告した真菌(カビ)「カンジダ・アウリス」(通称・日本カビ)が、欧米やアジアで真菌感染症として初めてのパンデミック(世界的流行)を引き起こしていることが分かった。抵抗力の弱い入院患者が死亡する事例も報告され、警戒が必要だ。”(1)
この致死的な真菌はずっと昔から存在してきた。昔は致死的な危険な菌であったわけではない。でもその菌が殺菌剤が撒かれる中でそうした化学物質への耐性を獲得して、より危険な存在へと変化してきたのかもしれない。
トリアゾールという殺菌剤が今、世界的に農薬として、そして医薬品として大量に使われている。そして、殺菌剤こそがかつては危険ではなかった菌を人間の命を脅かすまで危険なものに変えている可能性が指摘されている(2)。
土と私たちの腸は極めて似ていると言われる。どちらも生命を育む場。その中での生態系の仕組みを十分理解することなく、化学物質によってコントロールしようとした結果、とてつもない大きな問題が作り出されているのではないだろうか?
致死的な耐性菌の出現、さらには気候変動含む、命が脅かされる状況の変化。
生態系から学ぶ中で、その力を理解し、生かしていく。それを犯す化学物質に依存する農業や医療を徐々に変えていく、今、そうした大きな変革が迫られている時代にわたしたちはいるのだと思う。
(1) 日本カビが世界的流行 海外で強毒化し死者も、上陸警戒
(2) What’s Causing an Outbreak of a Mysterious Fungal Infection? America’s Farms Offer a Clue.