日本の遺伝子組み換え承認行政の問題点

本日今年度第4回生物多様性影響評価検討会が農水省であり、傍聴してきた。

その感想を書いておこうと思うのだが、まず、昨年11月22日に行われた第2回生物多様性影響評価検討会 総合検討会の様子について以前書いたものを載せておく(少し編集済み)。

第2回 生物多様性影響評価検討会 総合検討会」

検討されるのは

  • 隔離ほ場での栽培についての検討
    • コウチュウ目害虫抵抗性及び除草剤グリホサート耐性トウモロコシ(MON87411)
  • 食用又は飼料用のための使用等についての検討
    • 除草剤グリホサート耐性セイヨウナタネ(73496)
    • チョウ目及びコウチュウ目害虫抵抗性並びに除草剤グルホシネート耐性トウモロコシ(4114)
    • チョウ目害虫抵抗性及び除草剤グルホシネート耐性トウモロコシ(Bt11 × MIR162)
    • 除草剤アリルオキシアルカノエート系及びグルホシネート耐性ワタ(DAS1910)

である。

第2回生物多様性影響評価検討会の資料

 最初に検討するのはコウチュウ目害虫抵抗性及び除草剤グリホサート耐性トウモロコシ(MON87411)。要は害虫が食べたら死ぬ毒素を作り出す遺伝子組み換えとモンサントの除草剤かけても枯れない遺伝子組み換えの掛け合わせ。

 このMON87411はRNA干渉という技術を使っているのだが、これは人間の細胞の遺伝子を沈黙させてしまう、ということで将来の世代にも大きな問題があるという指摘がされているものではないのだろうか?

 世界でも承認例はまだないはず。世界に先駆けて承認するなら十分慎重にすべきだろう。

 しかし、例によって「問題ない」という報告案が読み上げられ、それに対して、委員から質問が出る。このトウモロコシの昆虫への与える影響についてわずかな例しか挙げられていないが、考えられるすべて挙げるべきではないのか。しかし、質問した当人が質問しながら、検索すれば済むことなので、と質問を引き下げてしまい、返事も曖昧に。

 これは隔離圃場での耕作ではあるが、そんなに曖昧なやり取りでいいのか? しかし、疑念を挟む人はゼロ。報告はこれで承認されて大臣に送られるということになる。え、それでいいの?

 次の案件の検討ではもっと驚くやり取りがあった。検討したのは除草剤グリホサート耐性セイヨウナタネ。通常の検討結果報告は(1)競合における優位性(2)有害物質の産生(3)交雑性の影響に言及するだけなのだが、このナタネには(4)その他という項目がある。そこでは野生種ではなく、栽培種のセイヨウナタネとアブラナに自然交雑が報告されているとして、その問題に言及している。

 要はこの検討は遺伝子組み換え作物が野生生物に影響を与えないかだけを対象にしているのだけど、ナタネの場合はすでに遺伝子組み換えナタネが日本各地で自生していて大変な問題になっている。そういう事態を受けて、「その他」として検討されている。結論は結局、問題ないという判断になるのだが、ある委員はこんなこと(4のその他の項目)を書いたら、問題があるような心証になる、書くことないじゃないか、というのだ。え、あなたはどういう立場で何をするために生物多様性影響評価検討会の委員をやっているの? 問題をできるだけ目立たなくして承認することにするのがあなたの仕事なの? と耳を疑った。

 しかし、別の委員が、環境の立場からこの記述は残してほしいと発言して、この記述は残ることになった。といっても問題ないと書いているだけで、その記述があるから環境保護にどう役立つのか疑問だが。

 これ以降、ほとんど中味のある議論はなかった。報告書の書式とか文章への注文だけで、それが安全であるかどうか中味のある議論はなし。枯れ葉剤耐性のワタ「除草剤アリルオキシアルカノエート系及びグルホシネート耐性ワタ」に至っては文章が一カ所わかりにくいという指摘だけで中味ある質疑はゼロ。ゼロ、ゼロ、ゼロ。この承認がどんな影響を世界に与えるのか、まったく緊張感も感じられない。

 傍聴者には携帯の電源を切るようにさせているのだが、委員の携帯には電話がかかってきて、その委員は電話をするために退席してしまった。その間に審査は進む。まったく緊張感のない審議。そんないい加減な審査でいいの?

 実質1時間半だけのそれも報告書の文章の表記の仕方の注文が大半を占める空虚な検討会、終わった後は傍聴者を追い出して懇親会だそうだ。いかにも日本的な和気藹々な会合という感じで、命や環境を守るという目的のために徹底的に討議するような環境はまったく感じなかった。何の緊張感もなく、問題意識も、倫理観も感じることはできなかった。

第4回生物多様性影響評価検討会

 そして本日3月4日に行われた評価検討会。

 傍聴、座長から「より広い観点から生物多様性に関する影響に関して検討する」趣旨が説明される。果たして広い観点からの議論が生まれるだろうか?

本日の検討内容は
食用又は飼料用のための使用等についての検討

  • 除草剤アリルオキシアルカノエート系、グリホサート及びグルホシネート耐性ダイズ(DAS44406)
  • 除草剤ジカンバ、グルホシネート及びグリホサート耐性並びにチョウ目害虫抵抗性ワタ(MON88701 × 15985 × MON88913)
  • 除草剤ジカンバ、グルホシネート及びグリホサート耐性ワタ(MON88701 × MON88913)
  • チョウ目害虫抵抗性及び除草剤グリホサート耐性ワタ(COT102 × 15985 × MON88913)
  • チョウ目害虫抵抗性ワタ(COT102 × 15985)
  • チョウ目害虫抵抗性及び除草剤グルホシネート耐性トウモロコシ(1507×MON810×MIR162)

 しかし、今日の会議は1時間もかからず終わってしまった。

 出た意見は「問題ない」ばかり。1点、誤字脱字が事務局(農水省側)から出て修正されただけ。


枯れ葉剤耐性遺伝子組み換え問題を訴えるビデオ

 しかし、今回検討された遺伝子組み換えは本当に何の問題もないのだろうか? そんなことはない。最初の「除草剤アリルオキシアルカノエート系」というのはベトナム戦争で使われた2,4-Dのことで米国や南米ではベトナム戦争の枯れ葉剤を撒くことにつながるとして大きな反対運動が起きている。しかし、意見は今回もまったく1つも出ず、委員の唯一の発言は「問題ないと思います」だけだった。

 この除草剤アリルオキシアルカノエート系の次に来るのはジカンバである。このジカンバは2,4-Dと共に米国では問題視されている。なぜならこうした新しい遺伝子組み換えが必要とされている背景にはモンサントの開発した除草剤ラウンドアップが効かないスーパー雑草が急速に増えてきて、もっと強い除草剤を使わない限り対応できなくなっているということがあるからだ。これはそもそも遺伝子組み換えを使った農業の正当性を疑わせる現実なのだが、遺伝子組み換え企業はラウンドアップよりもさらに強い農薬を使うことで凌ごうとしている。

 それゆえ大反対運動が米国や南米で起きているのだ。それにも関わらず、日本での評価検討会では何の反対もない。

 実際には1点だけ議論になったことがある。評価書の以下の表現、「形質間の相互作用がないと判断される場合には、親系統の生物多様性評価情報を用いて、当該スタック系統の生物多様性影響評価を行うことが可能である。一方、形質間に相互作用がないと判断されない場合には、親系統の生物多様性影響評価情報及び当該スタック系統に関する試験結果等を用いて生物多様性影響評価を行う必要がある」と書かれている中の「形質間に相互作用がないと判断されない場合」という表現が日本語としてわかりにくい、ということで議論になった。

 簡単に言うならば、Aという種類のGMトウモロコシとBという種類のGMトウモロコシからABという種類のGMトウモロコシを作るという場合、AとBの検討はそれぞれ終わっている。ABはそれぞれその子にあたるので、検討する必要はない、というのだが、実際にはAやB単独で問題なくてもABになった時に問題が起きることがありうる。ABに相互作用がないと判断できる時はAとB単独の判断をそのまま使えばいい。しかし、そうと判断できない場合は試験しなければならない、ということを言いたいわけだ。それならば「形質間に相互作用があると判断する場合」、「相互作用がないと判断される場合」と書けばいいのだけど、そう書くことはできない。なぜか? 

 相互作用が判断される場合と書くためにはその実証が必要だ。しかし、その実証が必要となると事態は遺伝子組み換え企業にとってはとてもやっかいになる。現状の遺伝子組み換えはさまざまな遺伝子組み換えを交雑させて、それぞれの特性を併せ持つ多重スタックと言われるものが主流だ。
 
 つまり、モンサントの開発した除草剤グリホサートに加え、2,4-Dにも耐える特性を持つとか、除草剤に耐性があるだけでなく、害虫抵抗性(虫が食べたら死ぬ毒素を作り出す)性質を兼ね備えるというものだ。

 たとえば5種類の多重スタックであればその組み合わせは全部で25ある。すべて実証しようと思ったら単一のGMのテストが25倍必要になってしまう。GM企業からすればそんなことやったら破産してしまうということになるのだろう。だからどうするかというと、そんなテストは一切しない。だからデータがない。データがないから、あくまで推測でしかない。だから回りくどい表現にしないと正確な表現にならないということらしい。

 これは驚くべきことだ。多重スタックのGMの安全性はもう実証に基づかない推測での検証でしかないということなのだから。

 だから安全とはいえないから却下するという話しになるのではなく、「そういう事情だからこういう表現にしないといけないんですね」と、その事情が委員の間で納得してしまった。

 文章の誤字脱字、表現の正しさだけが確認されるだけだ。その正しさといっても真の意味での環境への安全性を保障するものではない。

日本の現在の仕組みでは問われない遺伝子組み換えの安全性

 要するに遺伝子組み換え作物によって引き起こされる環境の問題の中で、政府がごく限られた枠を作り、その枠内の問題だけで学者たちに討議させているわけだ。米国で大問題になっているようなことはそもそも議論にならない。広い観点から討議すると座長が宣言しているにも関わらず、そうした視点は初めから排除してしまっている。
 
 GM種が他の種に対して優位性を持ってしまわないか、GM種が有害物質の産生しないか、野生種と交雑しないか、これだけクリアするデータを提出すれば日本ではほぼ承認されるわけだ。たとえ、そのGM作物の栽培によって枯れ葉剤が大量に撒かれ生態系を破壊してしまったとしても、この3つの論点はクリアしていればOKというのが現在の日本。それではそうしたGM栽培による環境問題はどんなプロセスでチェックされるのだろう? チェックされない。これがGM栽培の前の合法化の唯一のチェックポイントになっているのが現在の承認制度の実態だ。

 検討委員からすれば現在の仕組みはこの3つの観点をチェックすることになっているのだから、それ以外の問題は検討委員の仕事じゃないと言うかもしれない。しかし、いやしくも税金を使って行う検討会、遺伝子組み換えが実際に地球環境に与えている影響をしっかりチェックするという倫理観や義務感が委員にあっていいだろう。残念ながらそれを感じることはできなかった。

 ブラジルでは遺伝子組み換えの承認のあり方が問われている。公共省が承認を止め、承認のあり方を見直すように求めている。EUも遺伝子組み換え作物の耕作承認は非常に慎重だ(実質承認しているのはわずか1品目、それに最近新たに1品種が加わる)。それに対して、日本の場合はすでに214も承認してしまっている。世界では大きな問題提起が起きているのに、この日本ではまったくの無風である。

 農水省と環境省は耕作に伴う環境面の検討が中心、食品としての安全は内閣府食品安全委員会や厚生労働省が関わってくる。日本で実質的に農作物の商業的栽培は行われていない分、よけい他人事になるのかもしれないが、ここでの承認が南米などでの枯れ葉剤使用の可能性をぐっと上げてしまう可能性が高い。その点、決して、こんな安易な検討で済ませてはいけない話しだ。今日のような検討だけであれば税金の無駄使い以外の何ものでもないだろう。

 残念なことに内部から変えようという兆しは見えなかった。ブラジルの遺伝子組み換え承認が止まったのは承認する委員会(バイオセキュリティ技術委員会、CTNBio)の委員自身が動いたからだ。その委員の告発で公共省が動いた。でも日本では残念ながらそれは期待できそうにない。制度を変える運動を作っていくしかなさそうだ。

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