日本農業新聞が5月15日に農水省が自家採種を原則として禁止することを検討し、種苗法改正も視野に入れるという記事を掲載し、大きな反響を呼んだ。この問題に関して本日、参議院議員会館で農水省の担当官を招いて院内集会が開かれた。
この問題をどう考えればいいのか、整理してみたい。
日本政府は1998年UPOV1991年条約を批准するために種苗法を大幅に改訂している。このUPOV1991年条約は種苗の育成者(開発企業)の知的所有権を優先し、農家の自家採種を禁止することができる国際条約として、世界の農民運動からは警戒されているものだが、日本は最初にこの条約を批准するグループの中に入っている。
つまり、日本では20年前から自家採種を制限する仕組みは導入されてしまっていることになる。それ以降、毎年毎年、自家採種ができない品種は確実に増えている。今回の自家採種原則禁止という方針もすでに2004年に出されており、ここに来て急に出てきた話ではない。
このUPOV1991年条約の批准や種苗法の1998年の改訂そのものに大きな問題がはらんでいたと思うが、ただし、このことで日本の農家の種子の権利がすべて奪われてしまったとは必ずしも言えない。この種苗法が対象とするのは新規性・区別性・均一性・安定性があると認められ、品種登録された種子のみであり、伝統的な種子や有効登録期間を過ぎた種子は入らないからだ。品種登録されても自家採種する権利が認められる種子も存在する。後者が生かされる制度が維持されることで農家の種子の権利を確保することは可能であろう。
しかし、それはどのように確保されているだろうか? そして、気になるのはこの種苗法が対象とする範囲だ。年々、それ(=自家採種できない種子)は大きく増えはているが、今後、どこまで広がっていくのか、農水省は疑問が呈されても、今ひとつ明確な答えが返ってこない。
種子法がなくなり、現在、種子を扱う法律は種苗法と特許法、どちらも種苗を開発した人(企業)の知的所有権を保護する法律だ。そもそも種子の歴史でもある地域の固定種などの種子を扱う法律がなく、ほんの一部の種子だけをカバーする(しかも種子そのものではなく、その開発者の知的所有権をカバーする)法律だけが存在しているということ自体かなり歪な状態といわざるをえないのではないか?
「開発した企業にとってはその投資を回収しなければ倒産してしまうから、その開発費用を回収する仕組みが必要がある」、わかった、それは理解しよう。だけど、その仕組みだけで種苗全体を扱うことはできないのもまた事実だろう。種苗企業(人)だけが種苗生産に関わるわけではなく、多くの人たちが関わっているからだ。そうした種苗、タネや苗が持つさまざまな社会的意味をしっかりと受け止める法体制がなければならないはずだ。
たとえば、私たちは歴史に類をみない生物多様性を失おうとする危機の中にいる。この100年間に世界で9割近い品種が失われている。農業の産業化が進む中で、人類は多くの遺伝資源を失いつつある。このまま遺伝資源が失われ続ければ、生態的には脆弱にならざるをえなくなる。気候変動の激化もあって、絶滅してしまう農作物が出てくる危険も高まる。そんな中、どうやって現在持っている農業生物多様性を守り続けることができるか、これはわれわれの喫緊の課題のはずだ。
実際に世界では「生物多様性条約や食料及び農業のための植物遺伝資源条約」が作られ、その多様性を確保しようという努力は世界で盛んになっている。それでは日本政府はどんな国内法を作り、施策を実施しているだろうか?
残念ながらその点は皆無といわざるをえないのではないだろうか?
日本政府は今回の政策的変更をEUの例を使って正当化する。つまりEUでは新品種は原則自家採種禁止だから、EU並に合わせる必要があるという。これまでEUでは農家による種子の売買は禁止されてきた。しかし、EUは農家の種子の売買を2021年から認める決定を最近行っている。農家が持つ固定種(在来種)の価値が再認識されているといえるだろう。
EUだけではない。ブラジルでも2003年にすでに農家の持つ伝統的種子の価値を認め、農家が種子を保存し、交換し、売買する権利を全面的に認め、政府自ら農家の種子の普及に努めている。お隣韓国の慶尙南道も在来種農産物保存·育成に関する条例を2008年に制定して、農家が持つ在来種の保全が図られている。
とても残念なのは未だに農水省の人びとは「生物多様性条約や食料及び農業のための植物遺伝資源条約」が南の農民のためのものであって、日本は対象外と考えていることだ。権利が侵害されている農民は南の農民だけであって、日本の農民は権利が侵害されていないとでも言うのだろうか? この条約では遺伝資源に関する政策決定に農民が参加する権利があり、政府はそれを保障する義務があるとしているが、農家の人たちの知らない間に種子法を廃止してしまったことは明かな日本の農家に対する権利侵害といわざるをえないし、国際条約違反といわざるをえない。
種苗を扱う法律が種苗法しかないという中で、その適用される範囲が年々広がっていくとしたら、当然、危惧を持つ人は増えるだろう。本日の農水省の説明は現状に関しては真摯なものであったと思うが、残念ながら、その説明に説得力を感じた人はいなかったのではないだろうか? 現在の種苗法一本槍で果たして100年後の農業が見通せるだろうか? 現存する遺伝資源をしっかりと守っていくためには、種苗法の他に、在来種などの種子を守る法律が不可欠ではないだろうか?
また、種子法で規定されていた公的種子事業も今後も重要な役割を果たすと多くの人びとが考えているはずだ、自民党の議員も含めて。種子の多様性を守るための在来種保全法と公的種子事業法の2つをどちらも確立(再確立)する必要があると思う。
そうしたバランス取れた法制度を整備することなく、自家採種禁止する方だけをずるずる拡大していけば、それを支持せよと言われても支持するのはそれで利益を得る少数の人びとにならざるをえないのではないか?
種苗のような農業の遺伝資源に関わる政策については農民、消費者もまたステークホルダーであり、一方的にそうした人びとの声を聞く前に種子法廃止を決定してしまったことはやはり大きな問題だ。
種苗法だけしかないならば近い未来、農水省は不要になり、経産省の一部局にならざるをえないのではないか。植物遺伝資源という工業製品に還元できない自然に基づくのだから、農業は自動車産業と同じ産業ではありえないし、農水省も経産省の一部局になることは許されない。その意味で、農水省に本来の仕事に立ち返ってほしいと思う。その意味で、この問いは農水省にとってもきわめて重要であると思う。そして、市民社会にとって、農業に直接関わるか関わらないかを問わず、大きな問題であることは言うまでもない。
本日のプレゼン資料(かなり大急ぎで作ったので不備多いですが)、ご参考まで。
全く同感です。今の政権は農水省は日本の農業を潰そうとしている、外国農業資本の狗にしか見えません、食糧安保の放棄は許せません!!