種子法廃止・種苗法改定の真の目的は何か?

種子法廃止が決定してから2年半、廃止されてから1年半が過ぎた。あの廃止は何であったのか? どう変わったのか? 種籾を作るには何年もかかることもあり、その変化を見るのにはまだ早いのかもしれない。でも、自治体の中には、すでに種子検査業務を停止したり、圃場の指定などの対応において種子行政の後退が始まっている。そして、来春上程されると報道されている種苗法改定はどんな影響を与えるだろうか?

 「種子法があると民間企業が種子事業に投資しない。だから廃止が必要」と政府は言っていた。それでは民間企業は種子法廃止以降、種子事業に積極的に投資しているか?
 米事業を行う企業は多くない。その1つ、住友化学は2015年に生産を5年で55倍に増やす大規模な増産計画を立てていた。住友化学が重視するアクションプランの1つが米事業だった。しかし、今年の事業計画では米事業はアクションプランから消えている。かつての増産計画は半分以下と大幅に下方修正されている。
 豊田通商は2015年に米事業への参入を決め、独自品種の「しきゆたか」の生産に乗り出した。2015年にはマスコミにも取り上げられたがその後のニュースではほとんど報道されていない。豊田通商の報告にも米事業は出てこない。新品種の話も聞かない。
 農水省の統計で見てみよう。今年の収穫の数字がまだ出てきていないのでまだ未知数のところはあるが、少なくとも昨年の実績は微増である(図参照)。産地品種銘柄として検査を受けた量で見ると、これまでの主な民間品種が一番生産されていたのは種子法廃止後の2018年ではなく、2009年である。産地品種銘柄として指定する都道府県の数も「つくばSD」と「ほむすめ舞」を除き、増えていない(図参照)。生産量で増えている品種も限られる。「ほむすめ舞」は増えているが、しかし全検査量のわずか0.02%、主な民間品種すべて足しても全体の0.4%に過ぎない。ほとんど影響を及ぼす量になっていない。増えている他の品種「はるみ」はJAが育成した品種で「ゆうだい21」は宇都宮大学が育成したもの。

 しかし、「検査に出さないで、企業が直接農家と契約して買い上げしている量はこの数量に入っていないではないか」と言われるかもしれない。たとえば豊田通商の「しきゆたか」を産地品種銘柄に指定している都道府県は存在しないから、この数字で見る限り、そうした民間企業の動きはわからない。でも、市場に出回らない企業直結の米生産であれば種子法は関わらないから種子法廃止しなければいけない理由にならない。あるいは市場経由の米流通を壊すことが種子法廃止の目的なのか?
 民間品種の多くは業務米であると言われる。業務米は日本の米の4割近くを占めている。業務米は消費者の選択も効かず、企業優位のものになっていく可能性が高い。しかし、農水省の報告で業務米のシェアを占めるのも上位は公共品種であり、民間企業のお米の名前は出てこない。住友化学が株主向けに発表している2018年の生産量は棒グラフから見るしかないのだが、1万2000トンくらいだろうか? これに農水省が発表しているつくばSD1とSD2の合計検査量7505トンを引くと4495トンとなり、小さなものに留まっている。日本の米生産総量は700万トンを超えているから、民間企業1、2位を争う住友化学のシェアも微々たるものだ。これでは巨大企業住友化学が株主報告に大きく書くわけにいかないのも無理はない。
 種子法があるから民間企業は投資しない、と言っていたのに民間企業はいまだ動いていないのが現状ではないか。なのに地方自治体の中には種子事業へのコミットを後退させてしまっているところがいくつもある。気候変動が激しくなる中、台風が収穫前に襲えば翌年の種籾にも大きな影響を受ける。その時に責任を果たすべき自治体が手を引いてしまっていたら、何が起きるか。考えるだけでも恐ろしい。

 そして種苗法改定、これも大いに疑問がある。「海外に日本の種苗が勝手に持ち出されて日本の市場が奪われるから、種苗法を改定して、自家採種を禁止しなければならない」という。また、日本の地域の種苗会社が苦境に陥っている。でも、その原因は? 本当に海外に市場を奪われて苦境に陥っているのだろうか? 精査すれば実態はかなり違うだろう。種苗を買ってくれる農家が減っていること、地域の農業の衰退、これらこそが最大の原因ではないか? 地域の種苗会社にとって世界に品種を売るのはタキイ、サカタのような大企業や特殊な種苗会社を除き、難しい。
 重要な役割を果たしているのが地方自治体による種苗育種事業である。地域の種苗関係者にとっては、この種苗事業が発展するためにはその種苗を買う農家が儲かって収入が増えることがまず不可欠である。そうした事業が地域の農業を盛り上げ、地方の経済を支えてきた。単に種苗の売り上げだけでは評価しきれない価値がある。
 しかし、日本政府は知財立国路線を掲げ、知的財産を世界に売ることを優先させる。自家採種を禁止させることで、新品種開発のインセンティブが高まるとして、自家採種(自家増殖)を禁止させる方向が打ち出される。登録品種の自家採種は現行種苗法では認められるがこれを禁止させるというものだ。
 なぜ自家採種禁止なのか? 「公的な種苗事業は税金を使っているのだから、それを農家が買って採算を取らなければならない」。ん? なんで? 公的事業によって安く優良な種苗を提供して、農家と消費者を助け、地域を守ることができればそれは有効な公共事業ではないか? もちろん、そうした種苗は一定の価格で買って、支えることも必要だろう。しかし、種苗事業、特に種苗の基礎研究は独立採算事業や営利事業には向かない。だからこそ税金が投入されて、そのおかげでわたしたちは種子が足りなくなって、大変な事態とならずにすんできた。
 もし、これが今後はちゃんと毎回お金を徴収して、公的種苗事業もすべて採算取らなければならない、ということになれば、採算の取れる売れる種苗の育成・販売ばかりになってしまい、将来含めて種苗がなくならないように基礎研究などを進めていくことは困難になっていくだろう。そうなれば、危険な事態が懸念される。
 種子法廃止の際にさんざん繰り返されたこと、つまり種子法があると地方自治体が優位になってしまって、民間企業との公平な競争ができなくなる。だから種子法(米・麦・大豆の地方自治体の種子事業)が攻撃され潰された。今度は米・麦・大豆以外の種苗事業にまでそれが拡がっていくだろう。つまり、地方自治体は民間企業の競争を阻害するので、種苗事業も民間企業に引き渡しなさい、となっていくのだろう。
 そして、種子法廃止と同時にもう1つの法律が成立したことを思いだそう。農業競争力強化支援法だ。この法の下に、都道府県はその種苗を育てるノウハウを民間企業に譲渡することが定められた。そしてこの民間企業には外国企業も含まれる。種苗法改定によって、知的所有権が強化され、そしてその知的所有権を多国籍企業に移す準備が完了する。
 最初は「日本の種苗が海外に持ち逃げされる」ということを口実に法律を変えると言っていたのに、実際には都道府県や国が持っていたわたしたちの税金で作られた種苗が合法的に多国籍企業の財産になっていくのだろう。そうなってしまえば、もはや種苗は私たちの手に届かなくなる。卸売市場法も変えられ、市場も潰される。種子から市場まで、多国籍企業が握る時代が迫っている。そして、地域の農家や種苗会社はこの中でもっとも不利益を被ることになり、地域の農業はさらに疲弊してしまうのではないか。

 そう考えると、種子法廃止・種苗法改定とは地方自治体の公的種苗事業の「民営化」、解体に向けた動きであると言わざるをえないと思う。

 さて、このような事態に対して、何をすべきだろうか? 根本に戻ることだろう。種子とは何か? それは農民のものであり、公共の財産である。歴史的に何千年にもわたり農家が育ててきた結果として現在の種子がある。もちろん、新品種を育成した育成者の権利は守られなければならないが、同時にその種子をつないできた農家の貢献も認める必要がある。その中でどう共存できる仕組みが作れるかを協議して決めていく。そして社会が地域の種子と農業を守り、育てることに参加する。

 消えゆく多様な種子を守り、気候変動に備える。そんな営利にはならないことはやはり公共政治や市民による非営利の活動が基礎を守るしかない。そうした種子バンクやジーンバンクを作る。自治体が作る、あるいは支援する政治を実現する。種子を学校が播き、地域が蒔き、育てる。多様で安全な種子を守る条例を作り、市場含めて、さらにその適用を拡げていく。公的種苗事業と地域の種苗産業を守る。そして法制定を求めていく。

 世界でそうして育まれた種苗が地域の農業を復活させる上で大きな力を発揮しだしている。種苗法改定案上程は来年早々にも来るかもしれない。今後の私たちの農・食がどうなるか、決定的な岐路に私たちはいる。もう待ったなしだろう。動き出そう!

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