「あきたこまちR」や「コシヒカリ環1号」系の放射線育種によって遺伝子を破壊した稲は通過点に過ぎず、今後向かうのはやはり「ゲノム編集」稲。
汚染のない世界に向かうのか、それとも遺伝子破壊で対応できると考え、世界を汚染し続けるのか、今、問われている。
カドミウム汚染に対して、カドミウムを吸収する遺伝子を重イオンビームで破壊した「コシヒカリ環1号」系の品種(1)の導入が計画されている。でも、この品種には開発者も認める欠点が存在する。
破壊した遺伝子はマンガンの吸収にも関わる遺伝子なので、マンガンの吸収も激減してしまい、マンガン不足に伴う病気にかかりやすい稲になってしまう。長期的な持続力には不安を持たざるをえない稲である。しかし、農研機構はその欠点を補う研究を進めており、「コシヒカリ環1号」で破壊した遺伝子の塩基とは異なる塩基を破壊することで、マンガンの減少を少し抑えることができることを発見して、特許を昨年、取得している。同じ遺伝子OsNramp5なのだが、破壊する塩基の箇所が若干、「コシヒカリ環1号」とは異なる(2)。
さらにもう1つの欠点はヒ素は吸収してしまうということだ。ヒ素も自然に存在する重金属だが、摂取すれば腎臓にダメージを与え、健康被害、命の問題にもなりうる。しかし、こちらの方も、研究が進んでいて、ヒ素吸収を抑制する遺伝子OsPCS1がすでに発見されている(3)。
このOsPCS1遺伝子の発現を最大化させる「ゲノム編集」による稲の開発が現在進められている(4)。
この2つの欠点を修正できれば、「コシヒカリ環1号」系の「あきたこまちR」などが持つマンガン不足も解決できて、ヒ素も吸収しない、カドミウムとヒ素汚染の多い地域でもそれらを吸収しない品種が完成することになる。しかし、それを実現させるためには遺伝子の特定の箇所(塩基)を破壊しなければならない。そのために用いる技術は放射線では効率が悪すぎ、TILLING法などの突然変異の技術を使う可能性もあるかもしれないが、やはり本命は「ゲノム編集」になるだろう。「コシヒカリ環1号」系の放射線育種米はそれが出てくるまでのつなぎにしかならない可能性がある。
それではなぜ、その本命の品種を待たずに農水省は放射線育種米の導入を決めたのか? それは、いきなり「ゲノム編集」米を食べろといっても反発が大きくなるからだろう。放射線育種は1960年代以来からの実績がある。「昔から使われていた技術だから反発するものは少ないだろう」(しかし、「コシヒカリ環1号」で使われた放射線は重イオンビームであり、長い使用実績のあるガンマ線ではない)。「もし、批判が出たら、従来の放射線育種品種を使っている人たちが反発して、その批判を潰すだろう」。要するに放射線育種なら反発が少ないと考えたのではないか?
しかしひとたび、お米の品種が放射線育種ばかりになってしまえば、その放射線育種と似た技術で、より効率的にできる技術として「ゲノム編集」米にこっそり変えてしまうことができる。「コシヒカリ環1号は放射線育種だが、あきたこまちRは放射線育種品種ではない」と言ったように、カドミウム・ヒ素低吸収性品種の親は「ゲノム編集」で作っても、それを親に後代交配種を作れば、それは「ゲノム編集」ではないという言い訳が成立する。政府の方針では、「ゲノム編集」した親は「ゲノム編集」として届け出対象となるけど、それから作られた子の品種は届け出対象にならないというのだ(これはまったくのペテンであり、品種ロンダリングとでも言いたくなるおかしな方針だが)。
だからこれから何年か経って、誰も注目しないうちに日本のお米は「ゲノム編集」などの遺伝子操作米ばかりになり、自家採種する農家以外、日本の農家はすべて遺伝子操作機関の指示のもとに農業をせざるをえない世界に変わってしまうことになってしまう可能性がある。
「こんなはずではなかった」とその時に悔やんでも遅い。種子法廃止・種苗法改正に対して、言い続けてきたことだけれども、自分たちの決定権のある種籾を守ることが不可欠なのだ。そして土も水も汚染させない、汚染者の責任を放置しない政策を強く求めていく必要があると思う。
秋田県では今のところ、来年が県産米の7割以上を占める「あきたこまち」の最後の年になる予定である。でも、それを守る方法はあるはずだ。
(1) 「コシヒカリ環1号」を親に、全国の主な稲の品種で戻し交配することで、味や特性はその全国の銘柄であるが、「コシヒカリ環1号」で破壊した遺伝子を受け継ぐ品種が国や都道府県が開発を進め、すでに202品種が開発済みあるいは開発中となっている。「あきたこまちR」はその1つ。
(2) 【発明の名称】重金属輸送を自在に制御する方法、並びにカドミウム及びマンガン吸収が制御された植物
https://www.j-platpat.inpit.go.jp/p0200
ただし、カドミウムの方は逆に吸ってしまう(半減程度)。これであればインドの在来種Pokkaliの方が優れているだろう。
(3) 農研機構:コメの無機ヒ素濃度を抑える遺伝子OsPCS1を発見
https://www.naro.go.jp/project/results/4th_laboratory/niaes/2017/niaes17_s02.html
(4) ゲノム編集によるファイトケラチン合成酵素活性を強化したヒ素低集積イネの開発
https://kaken.nii.ac.jp/ja/grant/KAKENHI-PROJECT-20K05778