放射線育種米「コシヒカリ環1号」「あきたこまちR」の問題、推進側は使われているのは歴史も長く世界で広く使われている技術なのだから安全で問題ない、と言っています。だけど、おかしいのは、実は使われているのがその実績のある技術とは違う技術であることです。そして長く使われているとしている技術は実は世界では終わった技術で、日本でも昨年、ひっそりと終わりになっているのです。だから、この言い方はまったくおかしいと言わざるをえません。
つまり「コシヒカリ環1号」には従来のガンマ線を照射する放射線育種ではなく、イオンビーム照射によって放射線育種されたもので、この技術は世界広く行われているものでもなく、そしてこれによって育成された品種もわずかしかないのです。
だからまず、このガンマ線育種とイオンビーム育種を分けて考える必要があることを提案しました。
しかし、同時にこれまでのガンマ線による放射線育種をどう捉えるのかも問われるべきでしょう。ガンマ線による放射線育種をどう捉えるべきか、どう対処すべきか、考えたいと思います。
まずその議論の前提が、ガンマ線育種は終わった技術であるということです。
農水省は昨年、最後まで動いていたガンマルームを閉鎖し、ガンマ線照射の受付を停止しました。大学などの研究所でガンマ線照射施設がまだ機能しているかもしれませんが、品種改良に今後、ガンマ線が使われる可能性はかなり低いものと予想できます。日本は最後まで続けてきましたが、それも昨年をもって終わりとなりました。だから、ガンマ線による放射線育種の技術は世界でも終わったと言えると思います(1)。しかし、なぜ終わりにしたのか、明確な説明はなされていません。放射線育種は日本を含めほとんどの国で国が税金をつぎ込んで行ってきたものですので、なぜその技術を終わりにしたのか、総括を求めるべきです。
ガンマ線による放射線育種品種については農水省関係者は「放射線育種品種は広く食べられているのに、それで死んだ人や病気になった人はいない」として、「すでに安全性は確認されている、だからそれを問題視することは正しくない」とまで言っていますが、この断定は正しいと言えるでしょうか?
実は同じようなことを遺伝子組み換え企業も言っています。「遺伝子組み換え農業が始まってから30年近くが経つけれども、遺伝子組み換え食品で病気になった人も死んだ人もいない。だから遺伝子組み換え食品は安全だ」と。しかし、この遺伝子組み換え企業の言い分をそのまま受け取る人は少ないでしょう。遺伝子組み換え食品が従来の食品と異なり、さまざまな健康被害を引き起こしうる可能性がすでにさまざまな研究によって明らかになっているからです。そしてさまざまな慢性疾患も遺伝子組み換え食品が登場して以来、世界的に増えており、遺伝子組み換え食品に反対する運動は世界中に広まりました。
なぜ、このような違いが生まれたかですが、放射線育種と違って、遺伝子組み換え食品の場合は公害運動を受けて消費者運動が活発になった90年代に出てきたこともあり、何より、そうした声によって遺伝子組み換え生物規制が生まれたことが何よりも大きかったのです。規制があったからこそ、選択が可能となり、影響を見分けることも可能になりまし、研究も行われました。もし、これがなかったら、遺伝子組み換え食品が世に広まって、どれだけ健康被害が拡がっていても、その影響を判断することができず、遺伝子組み換え企業が言うように「遺伝子組み換え食品で死んだ人はいない」として「安全だ」ということにされていただろうと思います。
それに対して、なぜ、ガンマ線放射線育種については広がってしまったのか、と言えば、それが安全であったから、ということではなく、歴史的な限界があったからだと思います。第2次世界大戦後まもなく放射線育種が始まった時は現在のような消費者運動があったわけではなく、また当時は種子の独占の懸念も小さく、国によって行われていた放射線育種について知る人すら少なかったと思われます。また「原子力の平和利用」という宣伝でごまかされたところもあったかもしれません。生まれてきた時にはもうすでにあった、というのが多くの人にとっての現実だったと思います。
遺伝子組み換え企業が種子会社を強引に買収して農業のあり方を大きく変えたのと異なって、この時の放射線育種品種開発は主に国によって行われ、農薬耐性など健康被害が直接気になる種類の品種ではなかったということもあって、市民の関心を呼ぶ要素も少なかった。そのため、規制しようということにもならず、遺伝子組み換え作物とは違って規制制度も作られることがなかった。その結果、モニターもされておらず、その影響について調べることは困難です。
このような状況では研究費も確保することは難しいでしょう。研究者が研究できなければ市民が依拠できる科学的根拠も得られない、という制約が放射線育種の場合は続いてます。放射線育種に限らず、化学物質や細胞培養による突然変異育種についても規制するという話にはなりませんでした。
つまり、「ガンマ線による放射線育種は問題ない技術だったからその品種は広く広がり、安全であることが証明されている」というのではなく、規制もモニターもなかったゆえ、どんな問題があるかすら、つかまれていないというのが実態というべきではないでしょうか?
フランシス・クリックなどによって1953年にDNAの二重螺旋構造が発見されます。その時以来、原子力から遺伝子工学に焦点が移り、研究費も研究者も遺伝子工学の方に流れていったと聞きます。いってみればこのガンマ線放射線育種は原子力技術から遺伝子工学に重心を移す橋渡し役を担った可能性があるのではないかとも考えられると思います。その技術が終わった今こそ、安全な技術として鵜吞みしてしまうのではなく、再検証が必要だと思います。遺伝子組み換え企業などの遺伝子操作技術が生まれてきた経緯との関連の中で放射線育種が果たした役割も再検証する余地があるかもしれません。
一方、現存するガンマ線育種品種に対して、どう対応すべきか、問われるでしょう。
残念ながら現状では具体的な対応は困難があることは認めざるをえません。農水省がIAEAに提出した資料でその品種は500にのぼります(2)。後代交配種を含めればどれだけの数になるのか見当もつきません。そこで、農水省にそのリストの提出を求めましたが、農水省としては放射線育種で規制する仕組みがないため、その情報は不存在として提出に至りませんでした。そのため、放射線が使われたことが知られている品種以外、現状としてはどの品種が放射線育種であるかわからないというのが現実です。育種に関する情報もほとんど開示されていません。
しかし、遺伝子を放射線によって損傷させることが果たして許されるのか、再度問い直す必要があります。遺伝子の機能を人類はまだすべて把握していない以上、EUが有機認証基準で禁止しているように、放射線によって遺伝子を破壊することは、予防原則の見地からも避けるべき行為であるはずです。
推進側は放射線育種と自然放射線による遺伝子破壊と同じもの、と言うのですが、これは説得力がありません。桁外れに放射線のレベルが違うからです。
この放射線育種が「原子力の平和利用」という名の下に推進されてきたことも改めて確認する必要があります。
私たちは、このガンマ線育種場が終わったことを受けて、ガンマ線照射による放射線育種品種を今後、フェーズアウトさせていくべきだと思います。どれがフェーズアウトさせるべき品種なのかつかめない限り、その道が容易ではないことは確かではありますが、基本的な方向はフェーズアウトであるべきだと考えます。
現在問題になっている「ゲノム編集」品種も放射線育種品種と同様に規制なく広がれば、それがもたらす影響についても把握しがたい事態になることを警告せざるをえません。
そして最後に補足として、イオンビーム育種についても一言書いておきます。
すでにイオンビーム育種は80年代には研究は始まっていたと聞きますので、その点では遺伝子組み換え技術に近い長さになる技術であると思います。ただイオンビーム育種は日本の独自技術であることが強調されており、研究目的以外の育種目的に使っている国が日本以外にはまだ見つかりません。実績は「コシヒカリ環1号」系品種の推進者が言うほど、広くも深くもないのが現実だと思います。
「コシヒカリ環1号」系の品種を作る技術は世界で古くから多く使われている、安全も確認されていると宣伝されています。しかし、実際には世界にも普及していない技術を、世界中でいったん使われ、すでに終わった技術の実績を流用して正当化しているだけで、その言説には整合性がなく、許容すべきではないと思います。
ですので、イオンビームによる放射線育種については今後、規制を求めていく必要があります。技術の活用に関するモニターは不可欠ですし、その安全性の研究も予算をつける必要があります。そして、そうして作られた食品には表示をすべきでしょう。それほど優れた技術と言うのであれば表示して宣伝すべきです。
いずれにしてもイオンビーム育種は「世界で安全で広く受け入れられている」技術と言うことはできず、しっかりと規制する必要があります。
注:
(1) インド、フィリピン、バングラデシュ、中国、キューバでも2010年代まで行われていることが確認できます。また、IAEAの報告にも含まれないケースは存在しているかもしれませんが、あったとしても極めて例外的でしょう。
(2) IAEAに提出したデータは放射線育種以外の突然変異品種も含まれるので、放射線育種に絞った品種の数が500であるわけではないのだけど、一つの品種に対して50ほどの後代交配種が作られることもあり、後代交配種も入れればかなりの数になることが予想できます。もっともそれらの中には姿を消したものも数多くあることでしょう。実際に市場にどれくらいあるか、つかむことが難しいのが現状です。