Web of lifeという言葉がある。生き物たちはお互いにつながっていてそのつながりがあるから生きていくことができる。そのつながりが私たちやこの地球に持つ意味をあらためて考える必要がある。
かつて、生物はどんどん進化していくけれども、その生物自身が自分の遺伝子を変えていくから進化していくと考えられてきた。
でもたとえばラウンドアップを大量に撒いて数年で耐性雑草が生まれてしまう。なぜ、そんなに早く遺伝子が変わるのか? 実際に雑草の遺伝子がそんなスピードで変わることはできない。実は雑草が耐性を獲得したのは自分の遺伝子を変えたからではなく、耐性を持つ微生物を取り込んだからだった。細菌は1000倍、さらにウイルスは細菌の1000倍、早く変わっていくことができるという。細菌を取り込むことで雑草たちは生き残る能力を獲得することになったと考えられる。
植物や動物、私たち人類のような大きな生命が誕生したのは細胞の中にミトコンドリアがあって大きなエネルギーを作れるようになったからだが、そのミトコンドリアも元は独立した細菌だった。そして私たちの遺伝子の4割近くはウイルスの影響を受けているという。つまり、そうした微生物を取り込みながら私たちは変化を遂げてきたことになる。自分たちが自分たちの力で進化していくという以上に、さまざまな(特に微生物の)力をもらいながら新しい能力を獲得してきた、というのが真相のようだ。
編み目のように存在する生命、Web of lifeこそが進化の原動力であり、個々の生命を切り離せば、無力となってしまう。
生きていく上では不可欠のパートナーとなった腸内細菌含め、こうした共生の例は枚挙にいとまがない。でもこの共生関係が生まれたのは一目惚れから電撃結婚へ、というようなプロセスではなく、最初はお互いを拒絶、破壊し合う敵対的・攻撃的なプロセスを経て、後に共生関係へと変わっていくことの方が多いかもしれない。
感染された宿主が死んでしまえばその感染源もいっしょに死ぬわけで、できればいっしょに栄えた方が生存確率が上がる。宿主の生命を支える機能を担うことで安住できるようになり、その中には宿主の遺伝子の中に入り込み、その宿主が生殖する時にその子孫にも自分の遺伝子を残すものも出てきた。そんな形で、いわば私たちの体内にWeb of lifeが存在していったと考えられる。新型コロナウイルスが登場してきた背景には環境破壊や有毒物質の蔓延などを指摘する情報も出てきているけれども、そうした状況への対応の1つとも考えられるかもしれない。
化学肥料と農薬による農業はこのWeb of lifeを否定し、その力を化学物質で代替させようというものだ。この農業がまさに抗生物質耐性菌やさまざまな病気の原因を作り出していることもこの根本的な問題に起因している。
今、ウイルス以外にも世界で抗生物質耐性菌の出現など対応不可能な病原体が増えている状況は深刻である。Web of lifeが絶滅に向かいつつある。そうした動きは止める以外ありえない。
今、私たちがやらなければならないことは、この新型コロナウイルスとの敵対的プロセスが続く間、感染による犠牲を出さないために、免疫弱者、そして社会的混乱から生み出される社会的弱者を守り切る、ということにつきると思う。今回のウイルスであれば免疫の強い人であれば感染してもワクチンの開発の前に免疫を獲得していけるだろう。でも、免疫の弱い人にとってはこれは命取りになってしまいかねない。空間と時間が確保できれば、免疫の弱い人も安全に守れるだろう。
だから、免疫弱者、社会的弱者への対応こそが最大の関心事にしてほしいのだけれども、政府の姿勢にはその配慮がまったく感じられない。新自由主義がまさに犠牲にしてきた部分だけに、政策変更には抵抗するだろう。さらに特別措置法で緊急事態宣言ができるようになってしまえば、政策維持が強化されてしまう。
新自由主義とはWeb of lifeの相互依存、生命の多様さを否定し、特定のものたちだけが利益を独占しようという政治方向なのであるから、この対立は根源的なものにならざるをえないだろう。命が守れない新自由主義ということで、人類は新自由主義から脱しなければ生き残れない。ここからすべてが変わっていくだろう。
今後、今回以上にさらに強力なウイルスや病原菌に備える必要もある。まずは身近な免疫弱者、社会的弱者を守ることから始め、根本的な政策変更を求める力を強めていくこと、すべての分野での政治を根本から変えていくことだと思う。