地域の種苗を危うくする日本政府のマスタープラン

 本日の衆議院農林水産委員会の審議で明らかになったことの1つ、どうやら政府は与党からも批判の強い農水次官通知を種苗法改正法案成立後、撤回しようと考えているようだ。地方自治体の種苗事業を民間企業に明け渡せと言わんばかりの通知で、これはさすがに与党からもブーイングが出た。でもこれが撤回されたら安心できるだろうか? その逆だ。
 もうこれは既決路線として確立するから不要になるということだろう。農水省は今年5月に農林水産研究イノベーション戦略2020を策定し、そこで今後の水稲の育種などのロードマップを展開する。その中で、品種の基礎研究は国の農研機構や大学が行い、その実用化は民間企業がやっていくことになっている。そこには地方自治体が地域に合った品種を作るというこれまでの本道は消え失せてしまっている。
 地域とも関係のないところで、企業の利益を中心に品種が作られていくのが今後の日本政府の戦略ということになれば、わたしたちの食はどうなるか?

 さらに世界戦略の柱として立てられるのは「ゲノム編集」だ。これまた農研機構や大学が基礎研究、それをもとに民間企業や地方自治体の農業試験場が実際の種苗を作り、世界に知的財産を売っていく、というもの。ここに地方自治の姿は存在しない。決定するのは産学協同体かバイオテクノロジー企業になるだろう。儲かるのも彼らだけで、農村はほとんど潤わない。

 これまで日本政府は地域農業の基盤をぶち壊してきた。農村は荒廃し、新しい農業技術の中核を担う人材も得がたくなっている。その基礎部分を何も手を付けなかったゆえに、中国とは新品種開発能力で1桁離される事態に至っている。本来は農村の基盤、若い人たちが農業で夢を見られる環境を整備するのが本道なのに、そちらは放り出してしまう。それでどうやって、今後の戦略が作れるのだろうか? 日本政府が頼るのはバイオテクノロジーとスマート農業。「ゲノム編集」を中核に新品種を作り出し、スマート農業によって人手をかけず機械化、工業化(化学資材の多用)によって乗り切ろうとする。

 土がどんどん失われ、気候変動が激化し、生態系のバランスが壊れ、100万種の生物が絶滅しょうとしていても、その現実には目もくれずにバイオテクノロジーで乗り切れると推進勢力は本当に信じているのだろうか? 生態系のバランスが壊れたところ、感染症はさらに蔓延し、人びとはさらに化学物質漬けになっていくだろう。
 しかも基礎技術にはろくに予算も付けない日本の研究で世界に対抗できると思っているのだろうか? 本来、あるべき農村基盤を破壊し、基礎研究をおろそかにしたバイオテクノロジーに未来は切り開けない。

 政府のマスタープランはまったくの絵に描いた餅でしかない。種苗法改正法案は今後、参議院に舞台を移すが、この法案改正もこの彼らが描くマスタープランの一コマに過ぎないが、それが有効な成果をあげることはまずありえないだろう。放置しておけば災難が大きくなるだけだ。市場は多国籍企業に奪われ、せいぜい、その末端労働で生き長らえることしかできなくなってしまうだろう。そんな無意味なシナリオは早く終わりにさせよう。

 さて、どうするか? このバイオテクノロジー・グローバリズムに対抗するのはローカルな食を各地に作り出すことだろう。地域の新品種育成者ももちろん、その大事な存在だ。すでに自然を守り、回復力のある農村を復活させる多様なローカルフードを作り出す波が今、生まれ始めている。それにはさまざまな力が必要だ。あらゆる職域の人が、自然なローカルフードで緩やかにつながっていく。新しい地方自治、新しい公共圏の創造、新しい政治参加の形態を作る…。いや、やること多くて大変だね。だけどできることばっかり。問題はまだバラバラなこと。つないでいけば必ず大きな力になる。政府の描くイノベーション・プランに未来はないが、ローカルフードの世界には輝く未来がある。

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