培養肉に待った!

 シンガポールで世界で初めて培養肉の販売が昨年12月に承認されて以来、培養肉に関する情報があふれている(1)。三菱商事も投資に積極的に動いている(2)。培養肉は家畜の幹細胞などを人工的に培養して作る肉のこと。
 シンガポールの培養肉は鶏の羽の細胞をもとに作るという。これだと動物愛護の観点から家畜を殺さなくてもいいし、非衛生的な状態で尊厳のない超過密飼育で抗生物質漬けで作られる肉よりも安全で、しかも牛などが出す大量のメタンガスの発生も抑えられるので気候変動の見地からもいいんじゃないかと考える人が出てくる。でもちょっと待ってほしい。

 この肉をどうやって作るかが問題になる。培養肉が細胞分裂して増えていくためには、そのために必要なミネラルやビタミン、アミノ酸、ブドウ糖などが提供されなければならない。これらはどう提供されるか。腸の代わりを作る、つまり腸内細菌と似た機能を持つ遺伝子組み換えされた微生物を使うのが効率的だろう。それではその微生物は何の栄養で育てるか? 遺伝子組み換えトウモロコシや遺伝子組み換えサトウキビなどが活用されていくだろう。つまり培養肉を育てるために大量の遺伝子組み換え生物が必要になる(3)。

 培養するのは家畜の幹細胞からさらに合成生物に代わっていくかもしれない。合成生物とは人間がゼロからDNAを設計した生物のことで、すでにそうした合成生物は作られており、石鹸などの製品化まで行って、大問題になった。合成生物工場のために遺伝子組み換えサトウキビ生産が本格化することを見越した土地投機の動きもある(4)。こうした産業が本格的に動き出したら、森林がさらに破壊されて、小農の農地が奪われ、遺伝子組み換えサトウキビ畑に変えられてしまうだろう。
 
 それだけではない。幹細胞を取り出して培養するにしても、その細胞分裂する範囲には限度がある。ほんの1つの細胞から巨大な肉が作れるわけではない。一定の分裂した後、限界に達すれば死んでしまうからだ。考えるほど培養肉は効率的ではない。この培養肉自身にも遺伝子組み換えを施さないとこの産業は利益率を保てなくなるのではないか? 果たして食べるに値するものになるだろうか?

 そして、こうした技術は多数の特許のもとに一部の企業が独占することになるだろう。食の独占はさらに進んでいくだろう。無人化された植物工場や培養肉工場がたくさん作られても職はさほど生まない。そしてそれを維持するためには莫大なエネルギーが必要とされるようになる。それは自然な循環を断ち切ってしまう。自然な循環を断ち切ってしまう培養肉は気候変動、生物多様性絶滅の危機をさらに大きくするだろう(5)。
 
 でも、本当の肉を作るためには何が必要かというと、小麦や米などが育たない痩せた土地に家畜を放っておくだけでもできる。何のインプットもなくとも! 太陽光で育つ草を家畜は食べて、糞は土に入り、炭素が循環する。多様な生物が共存することができる。自然な畜産は気候変動をむしろ抑える。自然は何と素晴らしいことだろう。これに比べれば、培養肉は文明の進歩などではなく、退化・退廃以外のなにものでもない。人間はまだ生態系システムや生命を操作するだけの知識も哲学も十分持っていない。
 
 わたしたちは生きていく上で他の生物の命をいただいている。その命がどんなものであるか、考える時だと思う。人間は微細なレベルで生命を作れるまでになってしまった。しかし、生態系というレベルで見ればその力はまったく微細なレベルに留まっている。バイオテクノロジー企業はそんなレベルで操作してしまって、この生態系のバランスをすでに破壊しつつある。培養肉の普及はその度合いを急速に高めるだろう。
 
 Integrityという言葉がある。日本語にしにくいのだけど、完全性、全体性、さらには誠実とか高潔、品位なども意味する。ちなみにArroz integralといえばポルトガル語で玄米。欠けることのない状態と考えればいいだろうか。培養肉は明らかにこのIntegrityを損なわれた生命。Integrityを失った肉の細胞は果たして、健全性を保ち続けるだろうか。そうしたものに依存するつけは限りなく大きなものになる気がする。もし、それしか肉はないということになるのであれば肉など食べなくても人は生きていくことができる。ここは東アジア食文化が本領発揮すべきところではないか?
 
 培養肉には今後、世界で投資が集まり、そうした企業は注目されていくかもしれないが、それはわたしたちが進むべき方向ではないと思う。

(1) 培養肉のチキンナゲット、初の販売開始 「安全で健康」
https://news.livedoor.com/article/detail/19555588/

(2) 培養肉ビジネスに切り込む三菱商事、海外スタートアップとの連携着々
https://newswitch.jp/p/25587

(3) Will lab-grown food really save the planet?
https://www.gmwatch.org/en/news/latest-news/19282-will-lab-grown-food-really-save-the-planet

(4) 合成生物学の脅威
https://www.facebook.com/InyakuTomoya/posts/1373251802701646

(5) 英語だが前掲GMWatchのページを一番参照してほしい(3)。日本語だとなかなかいい記事を見つけられていないが、以下は参考にはなるだろう。

ラボで生産された培養肉は、本当に「環境に優しい」と言えるのか?
https://wired.jp/2019/04/02/confounding-climate-science-of-lab-grown-meat/
培養肉を食べるか否か、菜食主義者の視点から考えてみた
https://wired.jp/2020/01/12/vegetarian-ethics-lab-grown-meat/

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