合成食は世界に何をもたらすか?−培養肉が持つ致命的な欠陥

 合成食が食のシステムを変えようとしている。合成食−つまり、細胞培養肉や合成生物学を利用した食(合成生物学は究極の遺伝子組み換えと言われる。生物の遺伝子を書き換えるのではなく、人間が遺伝子を設計した合成生物を作る技術)。巧みな広告戦略を使って、合成食があたかも気候危機対策になる、動物を傷つけない、動物愛護につながるかのような議論で、環境保護や動物愛護関係者が宣伝に一役買おうとしている。
 でも、その中身を吟味していくと、その本質は現在の工業的農業、工業的食そのものにぶち当たり、むしろ、現在の世界の危機を作り出している張本人たちがその推進者であることが見えてくる。
 
 合成食である細胞培養肉とはどんなものか? たとえば鶏の羽から幹細胞を取り出し、その細胞を培養することで肉状の物質を作るもの。当の鶏や牛は命が奪われることもない。しかも、培養肉は強烈な温暖化効果ガスとなるゲップを出さない。ファクトリーファーミング(超集約飼育)のために感染症防止と成長加速のために使われる抗生物質の使用は抗生物質耐性菌を作り出し、がんを超す死因になるのも間近と言われる(1)。しかし、培養肉はそれも使わない。だから動物愛護にも、気候変動対策にも、健康対策にもなるというわけだ。
 
 でも、ここで注意しなければならない。視野を都合良く限ることでこんな言い方が可能になるのだから。すでに私たちは原発でそうしたニセの主張を散々聞いてきたはずだ。曰く「原発は二酸化炭素を排出しないから気候変動対策で不可欠」。原発推進側がこういう時、その視野は原子炉内のプロセスだけに絞らせてしまう。ウラン鉱山で何が起きているか、原発から排出される温水、事故がなくても排出される放射性物質、10万年まで管理しなければならない核廃棄物のことは視野から取り除かれる。そのことによってあたかも原発が有効な対策であるかのように見せることができてしまう。
 
 この培養肉の場合はどうか? 培養肉を育てるエネルギーはどこからくるか? 生命が必要とするミネラルなどの必要な栄養分は外部から提供されなければならない。培養肉を育てるバイオリアクターの中に入れられた遺伝子組み換えサトウキビを培養肉を育てる遺伝子組み換え微生物が消化し、培養肉に栄養が与えられる。その維持のためにモノカルチャーの大規模農園が作られるだろう。理論的にはそれもまた合成工場で作ることは可能だが効率が悪すぎる。ブラジルで遺伝子組み換えサトウキビの生産に拍車がかかるのも、そうした需要の増大が考えられる(2)。遺伝子組み換え・ゲノム編集技術はもはや明記もされずに利用されていくことになるだろう。
 
 そもそも畜産は人間が食べられない物を家畜が消化し、土へと還す自然のサイクルを強化する重要な役割を果たすものだった。どの農家も家畜を持つのが普通だった。家畜は畑を耕す動力を提供し、畑を肥やし、そして皮や肉なども提供した。今でも南(発展途上国)の農家の6割は家畜も持っている。その自然なサイクルを壊したのが巨大なファクトリーファーミングで、糞尿は畑を肥やすことはなく、環境汚染と気候危機の原因を作り出した。合成食はファクトリーファーミング以上にこの自然な循環システムを断ち切ってしまう。その生産の加速は気候危機、生物絶滅危機の回避を妨げる。
 
 当然、こうして作られる合成肉の安全性、健康への影響も気になるだろう。しかし、視野をその狭義の安全性に自ら狭めてしまうことには危険な罠がある。もちろん、長期間慎重に検査すれば自然の肉とこうした合成の肉で有意な差が生まれることは当然想定できるだろう。しかし、そうした検査が市場化の前に十分されるかについては大きな疑問がある。なぜなら世界中の政府が実質的に推進企業に買収され、規制がほとんど効かない状況になっているからだ。
 
 人は食べることで環境を体内に取り込む。健康と環境は常にシンクロする。農業とは人の食を作り出すだけでなく、環境維持の営為でもあった。果たして培養肉を作るプロセスはいったいいかなる環境を作り出すだろうか? 培養肉や合成生物学の話は宇宙船の中の食料生産を思わせる。人は環境自身を作り出せるほど進化したのだろうか? 自然環境は完全な循環をなし、持続できるが、培養肉や合成生物学で作り出した「環境」は循環ができない。化石資源を浪費し、環境に還元できない廃棄物を作り出してしまう。このシステムが自然の許容量を追い越してしまえば崩壊せざるをえない。そしてすでにその許容量は限界を超しつつある。
 
 さらに自然環境のみならず、社会にとってもこの合成食は大きな問題をもたらす。水、光、食べものは人びとの共有財産。大豆のタネがあれば誰でも自由に大豆が作れて、豆腐が作れた。しかし、この合成食は共有財産ではない。1つの合成食に数え切れない特許技術が使われる。つまり独占企業にライセンス料を払えなければその食は作ることも食べることもできない。こうした食ばかりになってしまえば、私たちの生きることそのものが企業の利権になってしまうことになる。恐ろしい話だ。
 
 すでに世界の多国籍企業がこの産業独占に向け、しのぎを削っている。世界トップの食肉企業のJBSはもちろん、穀物メジャーのカーギル、ADMはもちろん、日本の三井・三菱・住友も企業投資・買収に乗り出している。

細胞培養肉をめぐる企業動向 

 培養肉の本格流通にはまだ時間がかかるはずだから、しっかりその問題の本質を見抜けば、道は切り拓けるはずだ。その食がどうやって育てられ、消費されるのか、その全体像の中で見れば、合成食は環境を破壊し、企業独占をもたらす技術であることは明確であるといわざるをえない。その逆の偽りの宣伝が蔓延する中、その本質を見抜いた上で、その食に反対し、地域の自然の循環を生かす食を守る必要がある。

(1) 12月5日の投稿
https://www.facebook.com/InyakuTomoya/posts/5949544795072301

(2) EXCLUSIVE Brazil’s GMO sugarcane area to nearly double this year, company says
https://www.reuters.com/world/americas/exclusive-brazils-gmo-sugarcane-area-nearly-double-this-year-company-says-2022-04-06/

参考:
Op-ed: Fake Meat Won’t Solve the Climate Crisis

Op-ed: Fake Meat Won’t Solve the Climate Crisis

REPORT | The Politics of Protein(図もこの報告書から)
http://www.ipes-food.org/pages/politicsofprotein

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