バイオテクノロジーか、アグロエコロジーか?

 今、自然な食の生産に関わってきたすべての人たちと消費者に新たな挑戦状が突き付けられている。

 遺伝子工学の「進歩」によって食が急速に秘かに大きく変えられつつある。従来の遺伝子組み換え作物に加え、第2世代の遺伝子操作作物である「ゲノム編集」作物、培養肉・卵、そして合成生物を使った食品が生み出されている。バイオテクノロジー企業は合成食品を自然の産物と変わらず、自然な食品と同等なものとして一切、規制も表示もさせない。そんなものが野放しで進められれば、従来よりもはるかに安く作られる合成食品によって農業は壊滅状態になりかねない。

 何が起きるのか、具体例としてバニラを例に見てみよう。アイスクリームなどに作られるバニラは普通、バニラ豆から作られる。しかし、合成生物学を使ってDNAを設計して作った人工生命の藻がこのバニラに似た味のする物質を生むことができる。これを使えば畑も農民も不要。必要なのは合成生物を培養する工場とそのエネルギー源のみになる。季節も関係なく、自動化された工場で安価に作れる。その合成生物の栄養となる遺伝子組み換え穀物だけ栽培すればすべての食が合成生物によって作れるようになってしまうかもしれない。そうした生産が拡大すれば、世界の農地は食料工場の原料供給場に変えられ、農業は壊滅的打撃を受けるだろう(1)。

 こうしたバイオテクノロジー企業は秘かに食の流通網の中に入り込み、消費者は内実を知らされることなく、安くなった食品に飛びつく。こうしたバイオテクノロジーのスタートアップ企業が投資先として注目され、巨額の資金が集まりつつある。とんでもない時代に入ってしまっている。礼賛するメディアはあってもその危険に警鐘を鳴らす情報はメインストリームのメディアには流れない。

 本来の食を作る人びとにとっては受難の時代に入ってしまうのか? こうした動きはどうすれば止められるだろうか? 政府がしっかりとした食品表示政策を打ち出せば、この流れは変わるだろう。

 それならばバイデン新政権は食品表示政策を変えるだろうか? 残念ながらまったく期待はできない。バイオテクノロジー企業は買収済みだから。そして日本政府はさらに期待が持てない。
 
 それでは手はないのか、というともちろん、ある。つまり政府が遺伝子操作食品の表示義務を課さないのであれば、民間の方で操作されていない食品を遺伝子操作フリー食品として自主的に表示システムを作ることができる。米国では複数の民間代替認証が生まれており、すでに過半数の市民がNon-GMO Project認証(蝶のロゴ)などの付いた食品を見て遺伝子操作された食品(「ゲノム編集」も合成生物も含む)を避けることができる。

 認証なんて手間もお金もかかってやっていけない、と思うかもしれないが、参加型認証や地方自治体自身による認証システムなど、費用的な負荷の少ない方法はいくらでも例がある(2)。もちろん、認証がなくとも地域での信頼関係をもとに安心できる食のネットワークを形成する方法もありうる(加工品では難しいが)。鍵となるのは食の基礎となる種苗への自主表示になる。これを早急に始める必要がある。

 バイオテクノロジーを使った食は金融市場で注目されてはいるものの、実際に関心を示す消費者は少なく、実際に急拡大しているのはバイオテクノロジー側ではなく、有機市場であり、アグロエコロジー(生態系を守る農業)の方だ。20年の間に有機市場は5.5倍近く拡大し、EUでは多くの団体が2050年までにすべてをアグロエコロジーに基づく農業=農薬・化学肥料に依存しない農業にすることを求めて動いている(3)。発展途上国でもその発展はめざましい(もともとアグロエコロジー運動はラテンアメリカから生まれた)。

 もっとも日本ではその市場がまだまだ小さく、その反対にバイオテクノロジー側の企業の動きが強いことだ。だから日本でこそ、代替認証を持つことの意味は大きくなるだろう。代替認証の力を借りることで日本でもアグロエコロジーに基づく農業への転換が進められるだろうし、農業も食も守ることができるようになる。

参考
(1) Synthetic biology test could force the natural products industry to define its position
https://www.newhope.com/news/synthetic-biology-test-could-force-natural-products-industry-define-its-position

(2) 本来ならば遺伝子操作する側が(農薬や化学肥料を使う側が)表示する手間をかけなければならないのが筋。何も使わない側が一番楽ができるというのが正しいあり方だと思う。でも、米国においても日本においても食品表示はまったく信用できないものになりつつあり、それを抜本的に変えられるまで待つことはできない。もちろん、表示義務は求め続ける必要があるが、自主表示運動と両方が必要になる。

(3) An Agro-Ecological Europe by 2050: a Credible Scenario?

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Agroecology Can Shape and Transform EU Food Systems – Joint Policy Paper

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