世界での種子をめぐる動きが目まぐるしい。
1つの動きはこの種子を企業の独占物にしようという動きだ。TPPはこの知的所有権を強化し、農民の種子の権利を奪う条項を持っている。そして年内にも成立するかもしれないと言われているアジア地域の地域包括的経済連携RCEPが進む中で、アジア地域の種子の権利が奪われ始めている。
インドネシア議会は今週、多くの市民たちが議会を取り囲んで抗議する中、農家の自家採種を非合法とする法律を可決した、という(1)。
一方、インドは種子の特許を禁止し、農民が種子について持つその権利を認める法律を持っているが、その法がRCEPへの参加によって無効にされてしまう危険にさらされている。アジア地域でこうした動きが連続する危険がある。
種子の知的所有権の形態としては育成者権と特許がある。種子の育成には多大な労力がかかる。だからそれに応じた報酬が得られるようにすることは当然だが、現在進んでいるのは労に応じた報酬ではなく、独占の権利だと言わざるをえない。特に特許は問題である。
本来、種子に特許を認めるというのはかなり無理がある。特許とは本来、工業製品の作り方などに典型的なものであるが、種子は工業製品ではない。工業製品は発明できるが、種子は生きる生命体であって、発明品ではない。少なくとも何千年の農家による営みの結果としてそれは存在し、それを特定の企業だけの発明品とすることには道義的にも許されないはず。またその種子自身、刻々と変化するから特定することも実は無理がある。DNAによって特定することも実はできない。極論すればDNAが同じでも異なる品種になる、同じ品種なのにDNAが違うというケースもありうる。
しかし、残念ながら、今、米国政府、日本政府は種子の知的所有権(育成者権と特許)を大幅に強化する方向で動いている。その結果として、世界の多くの農民の種子の権利が奪われつつある。そのことでもっとも大きな悲劇が起きそうなのがアフリカである。アフリカでは全人口の多数が自家採種による農業によって命をつないでいるが、その種子が奪われたら何が起きるか、すでに懸念が大きくなってきている(3)。
現代の危機を作り出しているその最大の要因は多国籍企業である。多国籍企業が命の領域までをもその利益の源泉にし始めた。知的所有権を盾に種子を独占、工業製品に使われるような特許までもが種子にまで認められる時代になってきている。
多国籍企業による種子の独占で食料保障が危機に曝され、多様な遺伝資源が消失してしまう、化学肥料や農薬を必須とする農業が世界に押しつけられ、気候変動や生態系に破壊的な影響を与える、という世界規模の脅威を生む原因となっている。どう対抗できるだろうか?
最後にもう1つの動き。これはいい動きで朗報。欧州議会は従来の手法で育成した種子や苗に特許を認めるべきではないという判断を下した(4)。米国や日本では遺伝子組み換え以外でも従来の手法で育成した種苗にも特許を取ることが認められている。しかし、欧州議会はそれを認めないということが明確になった(欧州特許庁の判断はまだ)。
これは種子や動物などの命への特許の適用に反対する市民団体No Patents on Seedsによる働きかけが実ったもの(5)。世界に拡げていくべき成果と言えるだろう。
生命とは何か、それをどう次の世代に引き継いでいくか、生きていく上での根本的な原則であり、社会哲学であるべきものが、多国籍企業の命の領域への乱入によってかき乱されている。その結果、深刻な影響が作りだし始めており、社会運動が取り上げて、多くの人たちが声を上げているにも関わらず、日本ではまだその問題の所在すら知られていないのが現状。
このままを許していけば私たちの社会の原則が底なしになってしまう。命を独占知財としてしまうことはこの社会における生命のあり方に影響を与えずにはおかない。命・生態系を無視した制度作りが進んでいけばその社会は急速に崩壊しうる。種子、生命、社会について根本的な認識を早急に確認しなおす必要がある。そうしなければ本当に日本社会は底なしになる(6)。
(1) GrainによるTweet
(2) Is UPOV getting a backdoor entry in India?
(3) Corporate control of seeds hurts Africa