半世紀前のカドミウム対策のアップデートを

 反公害運動は1970年の公害国会で多大な犠牲の上に世界に先駆けて汚染企業の責任原則を法制化するという金字塔を打ち立てた。しかし、その後の政治はそれを形骸化させた。新たな汚染が進もうとする今、この意義を再確認する必要がある。
 
 イタイイタイ病患者の闘いによって、1970年、国会では「農用地の土壌汚染の防止等に関する法律」と「公害防止事業費事業者負担法」が成立し、汚染者負担原則(Polluter Pays Principle、PPP)が法制化された。汚染企業が汚染の被害からの回復の責任を取らなければならないことになった。
 しかし、政府は責任企業擁護に終始し¹、汚染の隠蔽にやっきとなる。当時食糧庁は汚染米流通に関して「流通先はすでに特定できないし、調査は消費者の不安感をあおる」としてその公表を拒んだ²。
 政府は一貫してカドミウム汚染を隠蔽して、企業責任を軽減させ、根本的汚染対策を怠ってきたと言わざるを得ない。
 畑明朗氏は以下のように断言する。
「1970年代に明らかになった金属鉱山・製錬所などによる全国の土壌汚染農地のうちで、土壌復元対策が実施されたのは、当時産米1ppm以上の指定地域のみであった。1ppm未満だが、0.4ppm以上の準汚染農地は、石灰や珪酸カルシウムなどのカドミウム吸収抑制剤や水管理により産米のカドミウム濃度を下げるという対症療法しか取られず、土壌復元などの抜本的対策をしないまま準汚染米を作り続けてきたのである。」³
 その後、1.0ppmの基準は0.4ppmに変わるが、基本姿勢は変わらなかった。政府はイタイイタイ病患者たちの闘いが繰り広げられた富山県神通川流域以外では補償もせず、お金をできるだけかけずに、そのまま汚染米の生産を続けさせた。カドミウム汚染地は全国各地に存在していたものの、鉱山や精錬所周辺に限られているのだから、その限られた地域での対策をしっかりしていれば、問題は長引くことはなかったのに。
 
 日本の農地汚染対策は1970年に基本構造が作られたまま、半世紀以上にわたってアップデートされていない。その欠陥とは何か。

  1. カドミウム、ヒ素、銅の3つの重金属だけを対象としている(他にも有害な重金属や化学物質は存在するが、それはスルー)
  2. お米だけが対象。他の作物はどうでもいい。
  3. 縦割り行政で総合的な対策ができない。農地汚染は環境省、農水省は実質、お米だけ。汚染による健康被害は厚労省。

 
 環境省の農地汚染対策事業は汚染米が出たところが対象となる。もし、汚染米がでなければその農地がカドミウムで汚染されていても、環境省は動かず、汚染米が出ないようにする努力はすべて農家の負担にされたまま放置されるだろう。もっとも、環境省が動いたとしても、やることは客土(汚染されていない土を盛る)だけ。農地の質が下がるだけで、カドミウム汚染低減にもならない。実際、農水省下の農研機構はファイトレメディエーション(植物による汚染除去)の研究にも取り組んできたが、それは汚染対策の中に位置づけられていない。縦割り行政の弊害ゆえだろう。そして、厚労省はカドミウム汚染による健康被害について十分把握すらしていない。
 現在の法律とその施行令を前提とするならば、重イオンビーム放射線育種米の導入によりいわゆる汚染米は出なくなる⁴から、環境省や農水省の仕事はなくなる。厚労省はほとんど仕事をしていないから、これで政府の関与はなくなるだろう。しかし、肝心のカドミウム汚染はちっとも減っていないのだ。そればかりか下水汚泥肥料などの活用によって、あるいは自然災害や老朽化によってカドミウムを今も蓄えている鉱滓ダムからカドミウムが漏洩することなどによってむしろカドミウム汚染が高まる可能性さえある。
 
 もっとも、行政は法律に基づくわけで、省庁はそれに粛々とやっているだけとも言える。要は、政治の停滞がこのような汚染政策の空洞化をもたらしてしまったと言わざるを得ないのだ。
 
 放射性物質やPFASなどさらに懸念すべき汚染物質は増えており、今の汚染政策を放置していれば、汚染列島化する危惧が高まる。
 
 半世紀以上にわたってアップデートされない政策を半世紀前よりも劣化した政治が作り出した誤った「解決策」こそ「コシヒカリ環1号」であり、「あきたこまちR」であるといわざるをえない。むしろ、それはカドミウム汚染を放置し、隠蔽することにつながるであろう。
 
 昨年、『神通川流域民衆史−いのち戻らず大地に爪痕深く』(能登印刷出版部)が出版されたが、そこにはイタイイタイ病患者やその家族が被った苦しみが生々しく描かれている。その痛みを抱えながらの闘いが公害国会での金字塔につながったと言えるだろう。その苦しみを形骸化させることなく、そこから学び、汚染のない(より少ない)日本にしていくための政治を作り出す必要があるのではないだろうか?
 
(1) 最大75%の費用を負担すべきとされた三井金属鉱業の負担は半減された。

(2) しかし、当時の秋田県はその国の姿勢を批判して、独自に調査して発表していた。現在の秋田県の姿勢はきわめて残念なものだが、以前の秋田県には国に対して、しっかりとものを言う人がいたことは特記しておきたい。畑明朗氏『土壌・地下水汚染−広がる重金属汚染』有斐閣選書154〜161ページ

(3) 同上の畑氏の著書参照

(4)「コシヒカリ環1号」や「あきたこまちR」のカドミウム低吸収性をもたらす破壊された遺伝子OsNramp5-2は潜性(劣性)であり、交雑によって、その性質が容易に失われることが危惧される。実際に、山口県での「コシヒカリ環1号」は栽培を続ける中で突然、その性質が失われた。またこの破壊された遺伝子によってマンガンの吸収力が3分の1未満となり、病気になりやすく、収量も下がるという問題などさまざまな問題がある。
 結果的に一つの問題を解決するとして、新たな問題を作り出してしまう可能性がある。小手先の解決策は真の解決策にはならず、むしろ問題を複雑化させるだけである。

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