TPPによる日本の農業崩壊の危機が懸念される。しかし、TPPによる危険は日本の農業ばかりでなく、世界大のものとなっている。しかも単なる関税や通商問題に留まらない。このTPPを背後で推し進める勢力の狙いをしっかりと見すえる必要があるだろう。
このTPP(および米国—EU間のTTIP)を米国政府との密接な関係を活用して、自らの権益の拡大を狙う勢力にモンサントを筆頭とする遺伝子組み換え企業が存在する。バイオテクノロジー企業のロビー団体であるBIO(Biotechnology Industry Organization)は2009年3月11日に米国通商代表部に向け、TPPに関するコメントの書簡を送っている。BIOの米国通商代表部への書簡
このBIOの書簡については記事をすでに書いている(TPPとバイオテクノロジー企業)ので、詳しく書くことは省くが、その要求の1つにUPOV1991条約の加盟国による批准とそれに伴う国内法の整備がある。
UPOV条約とは何か?
UPOV条約の日本語名称は「植物の新品種の保護に関する国際条約」であり、植物の新品種を育成者権という知的財産権として保護することを目的とする。1961年に制定された後、1972年、1978年、1991年にわたり改訂されている。
現在、世界の種子市場の6割以上が6つの遺伝子組み換え企業によって占められているが、UPOV1991年条約はそうした多国籍企業の利益を保護するための国際条約となっている。
この条約に署名した植物新品種保護国際同盟のメンバー組織は現在72の国と組織となっているが、1991年版の条約を署名しているのは52の国と組織に過ぎない(日本はすでに1982年に署名済み)。TPP参加国の中でもメキシコ、チリ、ニュージーランドともにUPOV1991条約は署名していない(3国ともUPOV1978条約は批准済み)。
このUPOV条約がTPPや米国との自由貿易協定(FTA)を通じて相手国に押しつけられ、それに伴う国内法の制定が強制されようとしている。それによってどんな騒ぎが生み出されているか、それをラテンアメリカの諸国に見てみよう。
モンサント法案にゆれるラテンアメリカ諸国
2012年3月、メキシコ政府は種子を保存し、次の耕作に備えるという先祖代々受け継いでいる行為を犯罪として禁止し、政府に登録されている種子を毎年買うことを義務付ける法案制定に動いた。これはまさにモンサントなどのバイオテクノロジー企業がめざす世界といえる。自分たちが種子の供給を独占し、農民には毎年種子を買うこと義務化する。自然が作り出した種子を私物化・独占し、それを知的所有権によって自らの利益の源にしてしまう。
しかし、この法案は農民の憤激を買い、廃案となる。しかし、これはメキシコに留まらず、ラテンアメリカの国々を巻き込んでいくことになる。それは種子企業の買収により、世界最大の種子企業となったモンサントを利するものとしてモンサント法案の名で呼ばれることになる。
コロンビアでは農民の種子の権利を奪う植物育苗法が成立してしまい、2013年に施行の段階になってしまった。すでにコロンビアでは米国との自由貿易協定により、米国から安い穀物が流入し、離農せざるをえない農民が続出していた。それに加え、種子の権利をも奪おうとするこの法の施行に対して、農民たちが立ち上がり、全国の主要幹線道路を封鎖、学生や労働者もその闘いを支持して国の交通は麻痺した。この事態を前にコロンビア政府はこの法の施行を2年間凍結せざるをえなくなった。
さらにTPP参加国のチリでもほぼ同様のモンサント法案が下院を通過し、UPOV1991条約も同時に署名か、という事態となった。しかし、広範な反モンサント、反GMOの運動が全国化し、2014年3月にモンサント法案廃案となり、UPOV1991条約の署名も見送られることになった。
2014年、グアテマラでワールドカップの最中にまともな審議もされないまま、モンサント法案が議会を通過し、成立した。この一連の動きに農民や市民の抗議が起こり、9月、最高裁はこの法の無効を宣言した。
ベネズエラでは表向きには農民の権利を守るとうたいながら実質、モンサント法案として機能しうる条項を持った法案が登場し、その法案への反対運動が取り組まれ、逆に、遺伝子組み換え種子を禁止し、農民の種子を独占・私物化することを禁じる進歩的な法律が制定された。
上記以外の国でも同様の動きがあり、アルゼンチンやブラジルでも警戒が必要になっており、チリで再び、同様の法案が出てきている。チリもメキシコもTPP参加国であり、こうした動きは今後も続く可能性があると考えた方がいいだろう。
狙われるアフリカ
アフリカはアグリビジネスにとって最後のフロンティアと言われる。「緑の革命」=化学肥料+農薬+F1種子のセットは世界に広められ、伝統的農法から農民を引き離し、アグリビジネスへの農民の従属を生み出していった。しかし、その「緑の革命」もアフリカには容易には浸透できていない。
アフリカではコミュニティが営む伝統的農業がまだまだ健在であり、小規模生産者を国際的に支援するNGOであるGRAINの調査によれば8割の種子は小規模生産者自身が管理する種子である。
アフリカの農業を多国籍の種子企業=遺伝子組み換え企業の支配に置くことはまずこの農民から種子を取り上げなければならない。そのためにG8諸国やビル・ゲイツの財団含めて、さまざまな圧力をアフリカ諸国にかけている。
日本のODAで輸出向け大規模大豆農場を作りだそうとしているProSAVNAの行われているモザンビークではそれまで自由に無料で配付されていた種子の配付が中止することを政府が決めたことが報じられている。G8諸国の圧力の下、アフリカ諸国でも政策が変えられ始めている(G8は民間資本をアフリカの農業に導入させる政策 G8’s new alliance for food security and nutrition を作成し、アフリカや世界の市民組織に批判を受けている。G8’s new alliance for food security and nutrition is a flawed project)。
そして今、ガーナ政府がモンサント法案を成立させようとしている。アフリカの農民から種子を奪ってしまえば、大量の飢餓者を生みかねない。多国籍企業の利益のためにはそれも顧みずに一線を踏み込もうとする動きであるが、決してアフリカ政府が勝手にやっているものではなく、G8をはじめとする先進国政府、そしてその政治力をフルに活用している多国籍企業の動きを見る必要がある。
2014年7月にはアフリカ17カ国が加盟するアフリカ知的財産機関(African Intellectual Property Organization)がUPOV1991条約に署名しており、農民の種子の権利を奪うこうした動きが今後アフリカで加速していくことは予想できる。
グローバル化する種子の権利を守る闘い
アジア、アフリカ、ラテンアメリカの農民たちにとって種子の権利は農民として生きる権利に直結している(日本では種子がほとんど企業から買うものとなっており、種取りを行う農家はごくわずかであり、その種子のほとんどが国外で生産されている現実から考えると、その重要性が実感してもらいにくいかもしれないが)。この種子の権利を守る闘いが現在世界で大きな問題となっており、それに残念ながら日本政府は権利を奪う側に立って、TPPやその他の自由貿易協定を進めているのが現実である。
そして南の国々に留まらず、遺伝子組み換え作物の脅威に対して先進国の農民たちも種子を取り戻すことの重要性に気がつきだした。気がつけば世界の種子市場のほとんどを遺伝子組み換え企業が握っている。種子を握るものが世界の農業生産を支配する、その問題に気がつき、行動が始まっている。
農民が種子の権利を失う時、種子はその種子企業に委ねられる。生産のもっとも基礎となるものを農民は失うことになる。そしてそれは資本への従属の始まりでもある。
種子が農民の手から奪われる時にその多様性もまた失われる。種子の多様性を保つことは気候変動などへの対応になくてはならないものである。
農民の生存権、民衆の食料主権のために、種子を守る運動が世界で動き始めている。その動きはもはや国連組織も無視できないほどの存在になってきている。コミュニティレベルで、自治体レベルで、国レベルで、大陸レベルで、さらに国際的なネットワークへとさまざまなレベルで動き始めており、連携し始めている。さまざまな国連会議の際に、そうした運動の存在は知られるようになってきている。 Seed Freedom
TPPや自由貿易協定はそうした動きを押しつぶす多国籍企業による食料生産支配を可能にする道具であることを見抜き、農民の種子の権利を国際的に守らせることこそ、世界の食料保障を実現させる道である。
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