化学肥料による被害

 化学肥料を与えることが土壌の微生物の活動を困難にさせ、植物を病気になりやすくし、農薬使用が必須となる。しかし、化学肥料がもたらす問題は農薬使用を招くだけではない。
 化学肥料で生み出されている問題を見てみよう。使用される化学肥料でもっとも量の多いのが合成窒素肥料。土壌細菌が生きられる環境では根粒菌が直接、植物の根に寄生し、直接、植物に窒素を提供してくれる。その窒素は植物に直接適量が吸収される。ところが化学肥料で窒素を提供した場合、作物が窒素を過剰摂取したり、あるいは吸収されないものは水で容易に流されてしまう。
 流された窒素肥料は硝酸性窒素となるが、これが人体に入ると、血中のヘモグロビンに結びつき、酸素が運びにくくなる。乳児の場合は酸欠状態のために命を落とすこともありうる(ブルーベビー、メトヘモグロビン血症)。さらには体内で発ガン性物質を生成する恐れが指摘されており、水道に含まれる硝酸性窒素を引き下げることが世界で大きな問題になっている。特に地下水に依存する地域では地下水に流入する硝酸性窒素は大きな問題である。この硝酸性窒素は簡易な浄水器では除去することができない。巨額の費用をかけても十分な浄化ができないので、元の水源に流れ込む硝酸性窒素を減らさなければならない。流れ込む経路は家畜の糞尿や家庭排水もあるが、やはり化学肥料の占める割合がもっとも大きく、安全な水を守るためには化学肥料の規制が不可欠となってくる(1)。
 さらにはこの硝酸性窒素が川、湖、海に流れ込み、藻類ブルームを発生させ、魚などを酸欠で殺してしまう。米国の農場から大量の硝酸性窒素が流れ込むメキシコ湾では生物が生きられないデッドゾーンが拡大している。
 水体系だけではない。この流れ出た窒素は窒素酸化物として空中にも放たれる。これは健康に悪影響を与えるだけでなく、気候変動を加速させる気候変動ガスとなる(2)。石灰岩の地域では石灰と反応して二酸化炭素が発生してしまう。

 大量の化学肥料の投入を続けてきた米国の土壌は劣化がひどく、生産性が低くなることに悩み出した農家は土壌の力を回復するためのさまざまな手段を講じていく。中でも効果的であったのがカバークロップと不耕起栽培の活用だったという。つまり、植物が土を作り直す力を借りたことになる。土は回復し始め、化学肥料への依存は減っていった。そしてそれと共に経営も向上していった。成功した農家をまねて、そうした農家が増えていく。その数はすでに米国の農家の10%を超したという(3)。
 地方自治体も水の浄化に巨額の予算を割かなくて良くなる。だから農家にカバークロップ導入の支援にも乗り出した。地方自治体にとっても、予算としてはずっと安く、農家の収入も増え、そして土も回復し、水も改善する。

 すべてにとってWin-Winじゃないか、いや、化学肥料製造企業を除く。化学肥料を作る企業は農薬企業と異なって名前が知られた存在になっていない。彼らは戦争の際には政府にとって爆弾の原料を提供する不可欠な存在であるため、政府はなかなかその規制に動かないが、規制を求める声はすでに高まっている(4)。

 気候変動、水の汚染、海洋生物・水産業への影響、大気汚染、健康に与える影響など生態系全体に与える影響を化学肥料は与えている。すべての見地から今後進むべき道は見えてくる。もっとも、土壌微生物がほとんどいなくなってしまったところで、化学肥料を断ってしまえばほとんど育たないという悲劇的な結果になってしまいかねない。
 土壌微生物を育てながら、徐々に化学肥料を減らしていく慎重な対応が必要なケースも多々あるだろう。しかし、めざすべきは最終的にそれを必要としない世界ではないか? 具体的に大量の化学肥料を使ってきた米国のケースはとても参考になると思う。

(1) 沖縄県立宮古農林高等学校「宮古島の命の源である地下水を硝酸態窒素の汚染から守る保全活動」 (PDFファイル)

The Simple River-Cleaning Tactics That Big Farms Ignore
https://news.nationalgeographic.com/2017/12/iowa-agriculture-runoff-water-pollution-environment/

(2) Fertilizer is fouling the air in California: Study
カリフォルニアのセントラルバレーでの41%の酸化窒素ガスの排出は化学肥料が原因であるという研究
https://www.ehn.org/california-fertilizer-nitrogen-air-pollution-2530258544.html

(3) 米国で土との格闘を描いた2つのドキュメンタリー。米国で何が起きているのか知る上でとても役立つと思う。その紹介記事

FARMER’s FOOTPRINT

Living Soil(生きた土)というドキュメンタリー

(4) A New Way to Curb Nitrogen Pollution: Regulate Fertilizer Producers, Not Just Farmers
窒素による汚染を防ぐためには化学肥料を作る企業を規制する必要があるとする記事
https://www.ecowatch.com/nitrogen-pollution-fertilizer-producers-2626834480.html

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