先住民族を理想化、神秘化して描くつもりはないが、先住民族が人類に与えている貢献は巨大で、それをしっかり理解することは容易ではないことは確かだと思う。
私たちが当たり前のように享受している民主主義も、実は先住民族社会との接触の中から生まれたという見方がある。このへんは星川淳さんの著作(『魂の民主主義』)に詳しく書かれているのだが、米国訪問した時にあらためて、そのことを強く感じた。
民主主義思想が生まれた少し前の時代、ヨーロッパは宗教戦争のまっただ中だった。なぜ清教徒が米国に渡ったか、実は渡った人びとのかなりの部分は米国に定着する前に命を落としている。政治的な自由、精神的な自由のない国から命がけで逃げてきたというのが実際だった。しかし、たどりついた米大陸で先住民族の平和な生活に触れた。その自由な人びとのあり方、ヨーロッパとはまったく異なった文明のあり方に彼らは驚愕した。それがヨーロッパにも伝わり、ルソーの人間不平等起源論にも影響していったという。精神的な支配、政治的な支配に対して、人間はもとから自由であった、民主主義社会こそめざす社会だという思想がそこから生まれた、と見る説にはとても説得力がある。
昨年末に、小農および農村に住む人びとの権利宣言が成立したが、そもそもこの宣言が生まれたのはILO条約などで先住民族の権利を認めさせるプロセスがきっかけとなったという。世界の7割の食を作っている小農は、多国籍企業が農業を支配を強める中、どの国でも闘わざるをえない。人類の生存にも関わるその闘いにも先住民族の闘いが大きな影響を与えている。
今、世界の生態系が崩壊に向かっている。このままでは2050年までに100万種の生物が絶滅し、90%の土壌がダメージを受け、人類も深刻な生存の危機を向かわざるをえない状況であるとして警告が相次いで発せられている。このシナリオを変えるためには生態系を破壊し続ける現在の生産システムを変えなければならない。そして現存する生態系を守り抜くことが不可欠なのだが、この生態系を守る上でもやはり先住民族が大きな貢献を行っている。
国連FAOはSDGs(持続可能な開発目標)を達成するために先住民族が鍵となるとして7つの理由を挙げているが、その最初が生物多様性で、先住民族が世界の生物多様性の8割を守っているとしている。だからSDGsの達成には先住民族とその社会、その食のシステムを守ることが不可欠であるとしている(1)。
ところが、たとえば、アマゾンの森林は現在、先住民族の土地として確定されたところ以外は次から次へと破壊されている。それでも森の守り手、先住民族がいる森は守られてきた。しかし、ブラジルの極右ボルソナロ大統領が就任して、この先住民族の土地の中での開発を打ち上げた(これは憲法違反。現ブラジル憲法では先住民族の許可無く先住民族の土地に入ることは許されない)。その結果、今年に入って、先住民族の土地の森が焼かれたり、資源盗掘者が侵入・破壊を繰り返す事件が頻発している。昨年1年だけでブラジル国内で135件の先住民族の殺人事件が確認されている。自死に追い込まれた先住民族は101人確認されている(2)。ボルソナロ政権が発足して以来、こうした殺害のニュースは毎週のように飛び込んでくる。それにも関わらず、日本政府はこのボルソナロ政権とさらなる大規模開発に向けて協議を進めている。実はこのアマゾン破壊の先鞭を付けたのは日本政府だった。われわれもこの破壊の一部となってしまっている。
先住民族が実は現代の社会を支えるベースとなる思想や生態系の守り手であり、先住民族を攻撃することはまさしくわれわれの社会に対する攻撃であり、地球の生態系への攻撃に他ならないのだが、経済や開発を優先する勢力は先住民族の人類への大きな貢献を理解しようとせずにその存在の抹殺につながる開発を進めている。
しかし、先住民族が姿を消す時は私たちの社会、私たちを支える生態系が崩壊する時でもある。果たして、私たちは自分たちの行く先を変えることができるだろうか? そして子どもの代、孫の代まで、さらにその先までも生きられる環境を残せるであろうか?
10月8日、志葉玲ジャーナリズム研究会主催の学習会で考えたいと思います(3)。
(1) 7 reasons why Indigenous Food Systems can contribute to mitigating to climate change !
(2) ブラジルの市民組織による先住民族への暴力白書。全156ページ。無料でダウンロードできる(ポルトガル語)
A maior violência contra os povos indígenas é a destruição de seus territórios, aponta relatório do Cimi