新型コロナウイルス禍と食の行方

 この20年の世界の変化、特に食・農業政策に起こっている変化は巨大なものがある。まず最初の大きな一撃は2007年/2008年の世界食料危機。しかし、それ以上に大きなインパクトを与えたのがこの新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)による感染症COVID-19の蔓延の事態となるのではないだろうか?

 大規模化し、分業化され、グローバル化された食のシステムはいかに危険か、現実が示している。1つの産品だけに特化して、広大な農場で大量生産し、世界中から遠距離を運ぶ現在の食のシステムは、大豆や牛肉や牛乳などの畜産品がその典型。今、COVID-19の蔓延により、農業労働者、食肉加工労働者に深刻な影響が出ている。長い輸送路も止まり、大量に廃棄が進みつつある。
 なんと米国ではローカルに作られてローカルに消費される食の割合はわずか8パーセントに過ぎないという。92%がこのような危険な状態になっていることになる(1)。
 特に秋以降、さらに深刻化する可能性は高い。たとえCOVID-19が沈静化できたとしても、別の新たなウイルスの脅威、さらには抗生物質耐性菌の脅威は高まりつつある。そして、何より、このグローバルな食のシステムこそがこうした危険なウイルスや抗生物質耐性菌を生み出す原因を作っており、すでにさまざまな慢性疾患を激増する原因としても注目されている。
 このままではあと30年後の2050年には世界の土の90%がダメージを受け、100万種を超す生物が絶滅すると国連は警告を発している。その中には植物の受粉に欠かせない蜂も含まれる。そうなってしまえば、人類はさらに大きな生存の危機に陥る。この農業モデル、食のモデルを変えることは今や全人類的な課題となっていると言っていい。

 世界の市民はすでに動き出していて、この食のモデルを変えることを要求している。つまり、グローバルなフードシステムではなく、地域をベースにしたローカルなフードに変えて、すべての人に健全な栄養ある食を、という声が日々強まり始めている。

 EUには共通農業計画(CAP)という政策の枠組みがあり、加盟国政府の政策の基本となる。CAPに対して、EU各地の市民団体が長く声をあげて、地域で化学肥料も農薬にも依存しないアグロエコロジーに基づく農業に変えることを求めている。この変化は気候変動を緩和させ、土の崩壊や生物を絶滅から守ることにもつながり、健康だけでなく、環境、生態系を守ることにつながるとみなされている。EUでは巨大企業のアグリビジネスの力も強いのだが、それでも市民からのプレッシャーもあって、成果が出ている。
 EUでは農薬は2030年までに50%削減。化学肥料の使用は少なくとも20%削減。農地の少なくとも10%は生物多様性を保持させなければならない、少なくとも25%は有機農業にしなければならない、という目標が掲げられた。差し迫った生物多様性の危機や気候変動(どちらもウイルス被害につながる)を考えればまだまだ十分とは言えないが、ここまで政策を認めさせたことは大きな意義がある(2)。

 一方、日本はどうなっているか? 日本の食の政策の5年ごとの中期計画を定める「食料・農業・農村基本計画」が今年3月31日に閣議決定。

 今回の計画の中で、有機農業の推進が入ったことが注目されるものの、計画が時代錯誤な発想に基づいていることに衝撃を覚えざるをえない。今なお、グローバル・マーケットの戦略的な開拓がトップに上げられている。IT技術を使った民間企業の参入に焦点がいき、生態系の危機や気候変動の激化による危機に対しては、申し訳程度にSDGsや環境問題への対応として末尾に付け加えられているだけの感を感じずにはいられない(3)。

 その有機農業の振興策にも具体策が見えてこない。目標として2017年の有機農業耕作面積の2万4000ヘクタールを2030年に6万3000ヘクタールに拡大させるというのだが、EUはすでに2017年時点で1260万ヘクタールとなっており、さらにこれを2030年までに3倍にする計画となっており、それを考えると、この目標はまったくあまりに論外の数値に留まっている(全農地に占める割合で日本の2017年は有機農地は全体の約0.5%、2030年の目標値が1.4%。一方、EUは2017年で7%、2030年は25%)。
 さらに驚くのが、これが地産地消をベースにした計画ではないのだ。有機食品の輸出額は現在の17.5億円から2030年にはなんと12倍の210億円と見積もっている。つまりあくまで輸出拡大のための有機化計画になっていて、日本国内のローカルフードを強化するという意志が感じられないものとなってしまっている。

 なぜ日本の地域をベースとした食の計画ではないのか、この状況の中で、理解に苦しまざるをえない。EUで求められた厳しい農薬削減目標なども見当たらない。
 また、その有機生産を支える有機の種苗はどうするのか、それも言及がない。輸入すればいいと考えているのだろうか?
 具体策にも欠け、ほぼ絵に描いた餅といった印象。このままでは設定された目標すら達成できず、日本で食と農の危機はさらに深まるといわざるをえない。

 さて、どうすればいいだろう? 地域で採れた種苗を地域で環境を守りながら生産し、消費する地域のシステムを作り出せばいい。それを実践する人、それを応援する人、条例や法制定で支援する政治家、それらが力を合わせれば新しいローカルフードに基づく食のシステムは構築していくことは可能であり、すでに成功を収めているところもある。それを日本全国に拡げること。それは急務ではないだろうか?

(1) These 5 foods show how coronavirus has disrupted supply chains
https://www.nationalgeographic.com/science/2020/05/covid-19-disrupts-complex-food-chains-beef-milk-eggs-produce/

(2) Farm 2 Fork and Biodiversity Strategies Hold Firm on Real Targets

Farm 2 Fork and Biodiversity Strategies Hold Firm on Real Targets

(3) 農水省:食料・農業・農村基本計画
https://www.maff.go.jp/j/keikaku/k_aratana/
有機農業に関しては
https://www.maff.go.jp/j/council/seisaku/attach/pdf/shingi_0325-16.pdf#page=7

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