「種苗法改正」が前国会で進まなかったことで産経や日経をはじめとしたメディアが「改正は不可欠だ」「反対している人たちは勘違い」などと連日のように記事を流し続けている。議論なしで即日採決されると思っていた改正案が通らなかったことはよっぽど悔しかったのだろう。
その論調は種苗法改正は農家の経営に与える影響は無視できる、というようなものばかりで、種苗法改定がどんな文脈で出てきているか一切触れていない。そんな記事ばかり。これまで農家が種苗法を意識する必要はほとんどなかった。だから多くの方がいまだ、あまり問題と感じていない方たちが多いかもしれない。
でも、もしそのまま法が通ってしまって、10年後あるいは20年後になって、なんでこんなことになってしまったのか、と振り返った時に、2020年の種苗法改定がこんな変化をもたらしたんだよな、と総括されることになるかもしれない。でもそれではあまりに遅すぎる。
ここで掲げたスライドはかなり前の学習会で使っていたものを少しアレンジしたもの。
2017年1月に世銀は、世界各国の農業分野の政策で民間企業の参加の障壁となっているものをリストアップし、その障壁を取り払うシナリオを作って各国に送っている(1)。世界の市民組織からは大きな反発で迎えられた(2)。しかし、自由貿易協定などを通じて、このシナリオが押しつけられつつある。
どの国にとっても農業はさまざまな産業の1つにすぎないものではなく、社会の生存に不可欠な特別な存在として考えられており、水などの命を支えるインフラと同様に、利益の前に公益が優先せざるをえない分野であり、農業生産確保のためにさまざまな保護政策が存在している。
もし、その分野で民間企業が儲かる時だけ「活躍」して、儲からないと放り出すのであれば、その社会は存続危機に陥る。だからそれらの基盤はこれまでは守られてきたわけだけども、最近はそれら命の維持に直結する活動までもが民間企業の利潤を求める活動の対象にされようとしている。渇水で人びとが苦しんでいる時に多国籍企業ネスレは自分の製品のために水を大量に使い続けて批判を浴びたが、取水をやめようとしなかった。
地方自治体がやっている多くの公的事業が世界で狙われ、民間に譲り渡されている。そんな中で日本でも種子法も廃止され、次には種苗法改定が来ようとしている。公的事業の民営化というマスタープランがあって、種子法廃止/農業競争力強化支援法/種苗法改定もその一コマに過ぎない。その一コマ一コマだけ取り出しても、その問題の全体像は見えない。でも、このままでは大変なことになる。
ラテンアメリカやアフリカ、アジアでは大変な騒ぎになっている。「それは発展途上国だからであって、日本は関係ない」と言い切れるか? いや実は日本政府自身が南の国にそれを強いる役割を果たしていることもわかってきた。関係は大いにあるのだ。
この動きはメキシコでもチリでも、タイでもマレーシアでも、ガーナでもケニアでも進みつつある。実はモザンビークでも農家の人たちがまったく知らないうちにいつの間にか種苗法が変えられていた。
農家の人たちにも最初はその意味がよくわからない。その先にどんな世界が待ち受けているのか、世界で起きていることを合わせてみることで初めて全体像が見えてくる。何が、変わるのか? 公共圏・公的な農の営みの「民営化」「私物化」「企業化」。農家の現実を無視して、今、世界で急速に変えられようとしている。
こうした動きに対して、今、世界各地の市民団体・農民団体がつながり始めている。ローカルな動きがつながり、グローバルな連携が生まれつつある。それがこの公共の財産を奪おうとする多国籍企業の動きを止めていく力になるだろう。これからが本番になる。
(1) 世銀の作ったシナリオ
Enabling the Business of Agriculture
(2) 世銀のシナリオを批判した市民組織の報告書
Down on the Seed: The World Bank Enables Corporate Takeover of Seeds
多国籍企業による種子独占の動きを分析し、農民の根本的な権利として種子への権利を求める市民団体の報告書
The right to seeds: a fundamental right for small farmers!