2月7日、欧州議会が「ゲノム編集」生物に対する規制緩和を承認した。しかし、これで世界で「ゲノム編集」作物の大量栽培がスタートするか、というと、すでに「終わりの始まり」的なものになる可能性が見えてくる。もっとも、どちらに転ぶか、これから次第。少なくとも今回の承認は遺伝子組み換え企業(バイオテクノロジー企業)のロビーの完全勝利とはほど遠い。
日本ではトランプ前政権の指示通り、2019年10月に、政府の規制権限を放り出して、規制なしの流通が認められてしまい、実質上、世界で米国と並ぶ「ゲノム編集」生物生産国・流通国となってしまったが、欧州議会は日米と同様な規制緩和を認めたわけではない。
複雑な話を単純化すると、今回の承認された案はNGTs(新ゲノム技術)を使った、「ゲノム編集」生物に対してEUは安全審査を行わない、ということで門戸を開放しつつ、日米とは異なり、そうして作った生物(食品)の表示を義務付け、トレーサビリティを確保するというものなのだ。そして「ゲノム編集」生物は有機農業では禁止される。除草剤耐性の「ゲノム編集」生物は規制緩和の対象から外され(害虫抵抗性は規制外)、そして「ゲノム編集」生物に対する特許取得の全面禁止が支持された。
安全審査を行わない点は日本と同じだが、EUの案では表示・トレーサビリティは義務付ける。日本では「ゲノム編集」生物を親にして通常育種したものは届け出の対象にすらならない。日本ではトレーサビリティは失われる。でも日本はEUにはそのままでは輸出できなくなる。この規制があることで、ゲームのルールが変わるということになる。特許の禁止は食の独占を狙うバイオテクノロジー企業からすれば大きな痛手となるだろう。
確かに「ゲノム編集」生物を遺伝子組み換え生物と同様に規制すべきという2018年の欧州裁判所の決定を覆すことで、大きな後退であることは間違いなく、抗議の声は広がっているが、まだこれは欧州議会での承認が得られた段階に留まり、まだEUの正式な政策となったわけではない。この後、欧州理事会で欧州の人口65%を代表する27か国の少なくとも55%によって承認されなければならず、欧州委員会、欧州理事会、欧州議会との間での協議でコンセンサスに達しない可能性も十分ある。
今回承認された提案では規制を受けないカテゴリー1と遺伝子組み換え生物として規制するカテゴリー2への分類が導入されるが、フランス保健機関ANSESやドイツ連邦自然保護庁を含む複数の国家機関がこの分類基準には科学的根拠がないとする報告書を出しており、コンセンサスからはほど遠い。
今年6月は欧州議会選挙であり、その前にコンセンサスが得られる可能性は低い。だから規制に向けた議論が始まったばかり、という声もある。
時をほぼ同じくして、南アフリカでは「ゲノム編集」生物への規制に向けて大きな一歩が踏み出された。
世界で「ゲノム編集」技術が広がるという以上に、どのように規制していくか、議論が深まってきていることに注目する必要がある。「ゲノム編集」生物は有機農業では使えない、そしてトレーサビリティが確保され、表示される、ということは遺伝子組み換え生物がそうであったように、消費者や生産者が選ぶ根拠を持つことで、その拡大を阻止できる根拠が確立できる道が見えてきたとも言うことができる。
ただ、もう一つの悪いシナリオは、米国で起きているように、安全審査の不要がさらにカテゴリー2の一部の生物にまで拡大され、トレーサビリティがうやむやにされていくというものだが、それが消えたわけでもない。規制の実効ある制度が伴わない限り、このシナリオも残っている。だからこそ、規制に向けた議論は今、始まった、というべきなのであって、これで規制がなくなったということではまったくないのだ。
日本でもしっかりとトレーサビリティと表示の必要を求めていくこと、そしてこれらの遺伝子操作技術が何を生み出すのか、知識を共有していくことが不可欠だ。そうしていけば第一世代の遺伝子組み換え食品が壁にぶつかったよりも早く「ゲノム編集」食品は限界を迎えるのではないだろうか?
参考になる情報
Parliament greenlights plans to loosen EU rules on new GMOs – but with key conditions
Parliament greenlights plans to loosen EU rules on new GMOs – but with key conditions
Deregulation of new genetic engineering: The debate has only just begun
https://gmwatch.org/en/106-news/latest-news/20375
NGT vote a step backward for biosafety that nonetheless safeguards the possibility for traceability and national “coexistence” measures
https://www.organicseurope.bio/news/ngt-vote-a-step-backward-for-biosafety-that-nonetheless-safeguards-the-possibility-for-traceability-and-national-coexistence-measures/
EU Votes to Deregulate Gene Editing
EU Parliament votes to scrap safety rules on new GMOs in handout to biotech industry
However, new GMOs will still be subject to labelling and traceability, thanks to a strong campaign supported by hundreds of thousands of citizens.
https://corporateeurope.org/en/2024/02/eu-parliament-votes-scrap-safety-rules-new-gmos-handout-biotech-industry
Game-changer for regulation of genome editing and new tech as SA’s Ag Minister overrules Industry and Appeal Board