今、本当に食・農業が根本から変えられてしまう可能性がある。だから議論が必要。どんな食・農業・社会を望むのか、社会のあらゆるところから声を出していかないと、気が付いた時はもう変える余地がなくなってしまうかもしれないから。
結論を先に言っておくと、巨大企業にさらにコントロールされた社会なのか、それとも市民が決定権をなお保持できる社会なのか、私たちはその分岐点にいると思う。
とても対象的な2つのテレビ番組があった。一つはNHK EテレのETV特集「田んぼ x 未来 あきらめないコメ農家たち」と、もう一つはTBSの報道1930「生産は足りているのか コメ価格下がらない本当の理由は」。
NHKの特集では180ヘクタールで大規模稲作をする農家と中山間地で小規模稲作をする農家の取材、TBSの方は千葉県の150ヘクタールの大規模稲作の取材と、鳥取県で100ヘクタールの大規模稲作をさらに拡大させようとしている稲作農家をコメンテーターに迎えたものだった。
大規模といっても、意図して大規模化するケースと、回りで離農していく農家から頼まれて、田んぼを引き受けているうちに結果的に大規模化してしまったケースがある。NHKの特集で取材された茨城県で180ヘクタールの稲作を行う横田修一氏は後者のケースだろう。横田氏は小農のマインドを持ち続けたまま経営の合理化で大規模に適応しているという印象を持った。大規模化しつつも、有機稲作や特別栽培も手掛けているという。ちなみに横田氏は2020年の種苗法改正の時に自民党からの参考人として衆議院農水委員会で意見陳述を行っている。この時、僕は野党からの参考人として同じ委員会で同席させていただいた。衆議院の委員会では僕とは対立する立場だったが、横田氏の発言はとても誠実だったと感じていた。
番組の中でも、農水省からスマート農業に向けた実験を頼まれて、横田氏はそれに応じながらも、ご自身のポリシーとは合致していない感想を率直に述べられている。どこか希望を感じさせる番組だった。
一方、TBSのコメンテーターとして出た徳本修一氏は、田植えをしない、乾田直播をドローンでやるなどによって、今後、米の生産単価を大幅に下げ、輸出の拡大をも睨みながら農地集積をこれからも進めるという。TBSの番組は徳本氏の熱気一辺倒になってしまい、それを突き詰めればディストピアしか見えてこない。
米不足を懸念する世論からしたら徳本さんのような農家に希望を感じる人もいることだろう。しかし、本当にその方向が日本の農業の基軸になっていくとしたら、それが日本社会にとって本当に望ましいのか、検討することは大いにあると思うが、残念ながらTBSの番組ではそれは語られなかった。
実際にこのような動きは今後、さらに大きくなると思うので、要点だけ述べておきたい。そうした農法の行き着く先は何か、ということだ。これまでの日本の稲作はまず、苗を苗床で作り、育った苗を田んぼに植える。乾田直播とはこのプロセスを省く。つまり、いきなりタネを土に直に播く。田植えは大きな負担になるので、これが省ければ労力は大幅に減る。だから100haでも3人いればできるのだろう。
確かに人手は省けるかもしれない。でも、デメリットも多くなる。水田に田植えすることは手間はかかるが、雑草を効果的に抑制することが可能になる。だから農薬も減らすことができる。また水田は連作障害も起こしにくい。化学肥料の使用も抑制することができる。しかし、乾田直播にすれば雑草は避けられないので、農薬の使用は増える。化学肥料もなくてはならないものになるだろう。さらに、乾田直播に適したタネは限られている。タネをドローンで播いても風に吹かれたり、鳥や昆虫に食べられてしまう。だから乾田直播するタネには殺虫成分がコーティングされたり、飛ばされないように鉄コーティングされているものが使われるだろう。
鉄コーティングされたタネといえば住友化学のつくばSDが思いあたる。住友化学のつくばSDシリーズは日本の米のシェア1%にも満たない微々たるものに過ぎなかったが、もしこんな農業が大規模拡大すれば、大幅にシェアを増やすかもしれない。2020年の種苗法改正では起きなかったタネの民間企業による独占が米騒動を契機に一気に進んでしまうかもしれない。
徳本氏は番組の中で、化学肥料を散布する際にFieldViewを使っていると一言言われていたと思うが、それはClimate FieldView™のことかもしれない。これはどんなものかというと、人工衛星から田んぼを解析して、化学肥料が必要な田んぼの部分を特定し、GPSを通じてドローンで必要なところに散布できるというものだ。このClimate FieldViewはスマホなどから操作ができる。そして、これが提供するのは化学肥料や農薬を散布すべき場所の情報だけでない。土壌の水分、今後の天候予想を農家に知らせる。そしてその運営会社はどこかというとClimate Corporation。モンサントが買収し、現在はバイエルの傘下にある。バイエルはこの仕組みを通じて、その植え付けから収穫情報まで逐一随時把握できる。もはや地方自治体や政府以上に彼らは情報を握ることができるようになっている。
これまではタネを支配するものが世界を征する、ということで遺伝子組み換え企業はタネの独占に向かったが、これからは情報を支配するものが世界を征する時代になるということだ。もちろん、IT機器、GPS制御付きの機器の活用を否定するのではない。でも情報が勝手に独占企業を利するような形で利用されることを許してしまえば、彼らのための世界を作ることに貢献することになってしまう。
つまり、タネの独占から農薬・化学肥料の販売、農産物の流通まで、ごく一部の企業に握られる、そんなプラットフォームがすでにできている。南北米大陸ではすでに広大な農地でこの仕組みがすでに導入されているという。日本ではどこまで普及しているのか、知らないが、果たして、そのような仕組みが導入されるということが望ましいことなのか、疑問である。
世界で有機農業が伸びている。しかし、この手の技術の普及はその道を実質的に塞ぐだろう。なぜなら、農薬や化学肥料をいかに効率的に使わせるかという仕組みなのだから。
タネの主権、食料主権(タネや食の決定権)、農業生産の情報主権が一気に奪われてしまい、すべてが企業のものになってしまう。そんな農業ばかりになってしまう社会はディストピアにしか見えない。そんな方向に行くべきなのか、それとも、水田の持つ大きな力を活用しつつ、それをもっと効果的に行っていくことを追求する道もありえるだろう。おそらく後者が日本の生態系の強みを最大限に発揮し、自然や社会を守る方法になるはずだ。
米騒動を利用して、モンサント的農業に一気に行ってしまうとしたらとんでもない話。しかし、マスコミではこうした問題は取り上げてもらえないだろう。市民の側で議論をしていかないととんでもないことになりそうだ。議論をしよう。
ETV特集「田んぼ x 未来 あきらめないコメ農家たち」
TBS 報道1930「生産は足りているのか コメ価格下がらない本当の理由は」
Climate FieldView™
https://climate.com/en-us.html