EUは「ゲノム編集」生物を遺伝子組み換え生物として規制する方針をこれまで採ってきた。しかし、12月3日、「ゲノム編集」技術(NGT、新ゲノム技術)が規制緩和されてしまう可能性が高まっている。
欧州裁判所が「ゲノム編集」生物は従来の遺伝子組み換え生物と同様に規制しなければならない、と判断を下したのは2018年。これが大きな力となって、世界で「ゲノム編集」食品を市場に送り出したのは米国と日本くらい(米国はすぐに開発企業が破産したので、実質、スーパーで「ゲノム編集」食品を売っているのは日本だけ)という状況が続いてきた。「ゲノム編集」食品の大量生産という事態は避けられていた。
バイオテクノロジー企業(遺伝子組み換え企業など)はこの方針を撤回させるために、その資金力をEUに集中した。2023年、欧州委員会はすっかりその推進機関となり、欧州議会も規制緩和の方向性を2024年2月に出した。もっとも、欧州議会は重要な施策を同時に決議している。それらは「ゲノム編集」生物(食品)の表示義務であり、また、「ゲノム編集」されたことを検出できる技術の確立に向けた研究への投資であり、「ゲノム編集」技術の有機農業での使用禁止、「ゲノム編集」された生物の特許取得禁止だった。
その後、欧州議会、欧州委員会、欧州理事会の3者による協議が行われたが、厳格な規制を主張する欧州議会と規制緩和を主張する欧州委員会の対立で、長くデッドロック状態が続いてきた。
現在、伝えられている状況では、欧州議会が求めてきた厳格な規制はほぼ消えてしまい、ほぼバイオテクノロジー企業側が求めてきた方向でEUが規制緩和を決める可能性が高いと見られている。もし、そのまま十分な規制なしという方向が確定したら、バイオテクノロジー企業は「ゲノム編集」食品・農業資材の大量生産に走るだろう。果たして、世界はその準備ができているだろうか?
なぜ、欧州議会は後退してしまったのか。その主因は欧州議会選挙での極右勢力の増加だと言えるだろう。極右勢力はバイオテクノロジー企業の主張を丸呑みし、従来の保守勢力もそれに引っ張られて、緑の党など左派勢力が求めてきた規制をすっ飛ばす動きになっていったと考えられる。
今後、残された道は、「ゲノム編集」されていない食品に自主表示をしていくという方向になっていくことが考えられる。EU諸国の中にはドイツのようにNon-GMOラベルがすでに成功している国があり、そうした民間代替表示の重要性が今後、さらに大きくなっていくことが考えられる。
もっとも懸念されるのはどんな「ゲノム編集」生物が登場してくるか、だろう。確実視されているのは英国が開発した豚繁殖・呼吸障害症候群(PRRS)耐性ブタや鳥インフルエンザ耐性ニワトリだろう。しかし、ウイルスは容易に変異する。「ゲノム編集」はむしろ、より強力で危険なウイルスの進化を助長する可能性がある。規制緩和してしまうことで、こうした危険をモニターすることも国の機関はできなくなる。そのため感染症パンデミック、バイオハザード、生態系破壊が一気に広がっても、それを生んでいる「ゲノム編集」生物を把握できないため、対処できなくなる可能性がある。
規制緩和によりリスク評価、監視、トレーサビリティ(追跡可能性)が免除されれば、新たなパンデミックや生態系破壊といった事態が発生した際に、原因の特定や責任の追及、そして事態の収拾が不可能になる。
その事態を避けるためにも、やはり各国政府は「ゲノム編集」生物の規制、モニター政策を確立しなければまずいのだ。
参考資料
EU deregulation of genetic engineering: Parliament’s mandate at risk of being disregarded
https://gmwatch.org/en/106-news/latest-news/20613
Trilogue negotiations – state of play
https://www.enga.org/newsdetails/trilogue-negotiations-state-of-play/
New GMOs Deregulation & The Non-GMO Crop Market: Tracking the Shifts as Momentum Gathers
https://www.linkedin.com/pulse/new-gmos-deregulation-non-gmo-crop-market-tracking-shifts-qz8ge/
GMO-Free Seed Production Under Threat! Consequences of NGT deregulation on the ground
GMO-Free Seed Production Under Threat! Consequences of NGT deregulation on the ground
Biosecurity under threat: Gene-edited animals, plants and microorganisms
https://www.genewatch.org/uploads/f03c6d66a9b354535738483c1c3d49e4/gw-biosecurity-briefing-fin.pdf
