遺伝子組み換え(GM)農業の終わりが見えた、と昨日書いた。GM企業は最後のフロンティアとも呼ばれるアフリカでGM農業の拡大を狙っている。先進国ではもはや増やすことは不可能に近く、援助を武器にアフリカ諸国に遺伝子組み換え作物(GMO)の栽培を長年迫っているが、抵抗は大きい。GM企業が言うようにもし本当にGM技術が収穫の向上をもたらし、飢餓から人類を救ってくれるのであればとっくにアフリカ諸国はGM農業に踏み出していただろう。でも、食用のGM作物を作っているのは実質、南アフリカくらい。アジアではGM稲(ゴールデンライス)の栽培を迫るが反対は強い。
でも、GM企業は米国政府をしっかりと握り、離さない。トランプ政権はいっそうのGMOに関する規制緩和を行い、多くのケースで申請も審査も不要にした。もし、モンサント(バイエル)のラウンドアップを禁止しようとする国があれば米国政府が圧力をかけ、撤回させる。これまでにもエルサルバドル議会がラウンドアップの禁止を決定した時も、アラブ6カ国が禁止した時も圧力をかけ、反故にさせている。タイ政府も昨年末に禁止を実行する予定だったが、関税報復をちらつかせる米国政府の圧力に屈し、いまだに実行できていない。米国政府はモンサントのための営業部(というより暴力団に近い?)として活動し続けてきた。だけど、米国の力も衰えている。世界中が相手になれば負けは見えている。どう見ても、GM企業の未来はない。それでは彼らはどうするつもりなのか?
GM企業の敗北の原因はGMOの審査と表示制度にある。GMOは申請して、審査を受け、承認を受けなければならない。そしてGM原料を使った食品は多くの国が表示を義務付ける。GM技術がもたらす問題に気がついた世界の市民が反対運動を起こし、行き詰まることになった。
審査も表示も不要となる遺伝子操作技術。これこそがGM企業を救う。それは何か? 「ゲノム編集」だ。特定の遺伝子を壊すだけなので、自然界でも起きることと同じとして、一切、申請・審査・承認も、表示も不要。これであれば消費者は何が「ゲノム編集」かわからなくなる。反対運動ができなくなる。市場に大量に出てしまえば反対することもできなくなる。
窮地に追い込まれたモンサント(バイエル)、コルテバなどのGM企業救済策こそが、「ゲノム編集」作物の普及になるだろう。
しかし、「ゲノム編集」は決して自然と同じではない。
人間の遺伝子の数は2万2000程度と言われる。しかし、その遺伝子が10万種ものタンパク質を作り上げる。1つの遺伝子が持つ機能は1つにとどまらず、複数の遺伝子が有機的に結びついて機能していると考えられる。もし、遺伝子1つだけを壊すだけのつもりでもその影響は多岐に及ぶ可能性がある。関連する遺伝子を大規模に破壊してしまったり、想定外の突然変異が生まれることもある。
稲でも同様で、高収量の稲を作ろうとCRISPR-Cas9で成長を抑制する遺伝子を破壊したところ、狙っていない遺伝子が大量に破壊されたり、狙い通りに遺伝子を破壊するも、そこに意図せざる変異が起きるケースが続出。この技術が宣伝されるほど正確には機能していない(1)。
つまり「ゲノム編集」は安全とは言えない。遺伝子の機能を調べるために研究室の中で使う上では有益なツールかもしれないが、いったん破壊した遺伝子を元に戻す方法がない以上、操作した生命体を環境中に放出することは許されるべきではない。
そんな危険が指摘されるにも関わらず、米国は農業への利用を承認し、日本は米国に追従し、昨年10月以降、日本でも実質的に利用が可能となった(2)。米国ではすでに「ゲノム編集」大豆が栽培され、米国内では大豆油として流通されているとされる。しかし、まだ日本の農水省(農産物として)や厚労省(食品として)のサイトを見ても、まだ届け出されたものは1つも表示されていない。
届け出は義務ではないので届け出せずに流通させてしまっている可能性はゼロではないが、それが判明した時のリスクを考えれば大手の企業が行う可能性は低いだろう。また、研究用には自由に使える「ゲノム編集」技術も、商品化の際には高額なライセンス料が課されるので、リスク覚悟で危険な賭にでる企業はそう多くないだろう。
なぜか? 1つの原因は従来のGMOの二の舞となることを怖れているからだろう。GM食品表示義務ができたのはGM農業が始まって以降のこと。今、EUやニュージーランドのは「ゲノム編集」を従来のGMOと同様として規制する方針を出しており、米国に追従する日本のような国とEUのような国と、世界の対応は2分されている。しかし、この「ゲノム編集」の実態が広く世界に知られていけば、GM食品で起きたように反対が拡がり、やがて同様の規制が行われていくかもしれない。そうなればいずれ同様に頭打ちになる。
だから、現在はEUなど規制しようとする国の規制を撤廃させることに全力をあげているというところだろう。今、EUから離脱した英国で「ゲノム編集」をGMO規制から動きが大問題になっている(3)。
農水省は種苗法改定に際して、自家増殖できるものか、許諾が必要となるものか、種苗に明示させようとしている。でも、「ゲノム編集」は表示対象としていない。つまり「ゲノム編集」した大豆であっても、表示されないので、種子を買う人は知ることができない。普通の大豆の種子を買ったつもりが「ゲノム編集」の種子を買ってしまい、知らないうちに遺伝子操作した大豆を畑に植えてしまった、ということになりかねない。
一方、有機認証を受けるためにはそうした種子は使ってはいけないとされるのだけれども、それを知ることもできないのであれば有機農業はなりたたなくなってしまう。食料・農業・農村基本計画では有機農業の促進がうたわれているのに、政策が矛盾している。今後、「ゲノム編集」規制国は日本からの農産物の輸入に規制をかけざるをえなくなるだろう。輸出を重視する政策とも矛盾する。
まずはこの指定種苗制度を変える必要がある。つまり「ゲノム編集」を含む遺伝子操作の有無を表示義務に加えることだ。具体的には種苗法施行規則を変える必要があるだろう(4)。これは種苗法本体の改正に関わらないので、種苗法改正の賛否に関わらず、表示が必要と思う人は多いだろう。
農水省には種苗法改正案を提案する前に、その政策的矛盾を解決するためにも指定種苗制度の変更をおこなってほしい。
(2) 農水省の「ゲノム編集」届け出受付開始を受けて書いた投稿(2019年10月10日)
https://www.facebook.com/InyakuTomoya/posts/3568934623133342
(4) 農水省:指定種苗制度
https://www.maff.go.jp/j/shokusan/tizai/syubyo/