牧田寛氏(元コロラド大学コロラドスプリングス校客員教授)のこのツイート
そもそも軍事、産業分野で中国が日本から横取りするような科学技術上の成果なんてもうほとんど無いでしょうに。
30年前ならともかく。
僕の実感としては00年代に追いつかれ、10年代に完全に追い抜かれている。今となっては前をゆく中国の背中すら見えないと思うよ。
— Hiroshi Makita Ph.D. 誰が日本のコロナ禍を悪化させたのか?扶桑社8/18発売中 (@BB45_Colorado) October 15, 2020
ぐさりと響く。停滞を続け、この停滞からの脱出方法も見えなくなっている日本でその現実を見ようとしない人たちが多い中、事態を改善させるためにはやはり現実から出発しなければならない。このツイートで思い出したのはこのグラフ。
実際に日本はすでに2009年に中国に種苗の新品種開発の出願数でも抜かれており、2018年には中国の5222件に対して、日本はわずか570件、大人と子どもほどに引き離されているばかりか韓国にも2015年に抜かれてしまっている。
「数じゃない、質だ」と農水省は言い張るかも知れないけれども、当の農水省は知財戦略において、新品種登録数が今後の農業力を示すと断言しているのだから、これは完全にアウトだろう。中国とは一桁近く引き離されているのだから。
「シャインマスカットを中国が無断で使っている」と言ったものの、懸命に探してみてもそのような例は中国と韓国合計で36件しか見つからなかった。この36件、どれも品種登録されていないため、法違反とは言えない。しかも2018年に申請されただけで5222品種もある中で36品種。
中国は2001年にWTOに加盟し、グローバル化の時代を迎え、急速に世界の種苗が流入し、地域の在来種がなくなる危険に対して、農家の種苗の権利を守る法制度を作って地域の種苗を守る政策を打ち出したと聞く。もともと多様性に飛んだ遺伝資源のあるところ、地域の種苗を活用していく政策があればたちまち膨大な数の新品種を作る潜在力があったのだろう。中国の新品種は激増していく。
それに対して、日本はこの5カ国の中で唯一20年間、下り続けている。中国が2001年から2018年で22.8倍に増えているのに対して、日本は逆に35%も減少(2007年と2018年を比べるとなんと44%の減少と半分近くに減っている)。韓国も3倍近くに増えており、もっとも増加の少ない米国も28%は増えている。日本だけが激減している。
米国には新品種登録に2つあり、1つは植物品種保護法ともう1つは植物特許法。後者は遺伝子組み換え作物が中心だが、通常の育種でも米国では特許認められる。しかし、植物特許法で登録される新品種の数はほとんど増えておらず(18年間で1%の伸び)、一方、植物品種保護法で登録される品種は順調に増えている。植物品種保護法による品種登録出願数の増加で比べると、その伸びは71%となってEUの57%を上回っている。
一方、日本は米国と同じく通常育種にも特許法の適用を認めているのだが、数は少ない。通常育種でこんな落ち込みをしている国はこの5つの中では日本だけしかない。異常な落ち込みと言わざるを得ない。日本政府は海外が盗むから、というのだが、出て行ったのはほんのわずかな品種しかなく、どうにもこの説明は苦しい。日本でだけ新品種開発体制が他の国に比べ、うまく行っていない他の理由を示さない限り、納得できる人はいないだろう。また日本政府は農家が自家増殖してしまうから新品種ができない、とも説明するが、この説明も苦しい。
まず、2011年くらいまで日本の登録品種は自家増殖が可能な状態で増え続けていた。どうして2011年までは増やせたのに、その後は増やせなくなったのか、それでは説明がつかなくなる(以下、日本の登録品種数の推移。出典農水省)。
そして、米国では植物品種保護法で登録される新品種は自家増殖OKなのだ。自家増殖OKの方は順調に新品種が増えている。一方、その数がまったく増えていない植物特許法の品種は自家増殖が禁止だ。自家増殖を禁止すれば新品種が増えるのであれば、米国でのこの数は逆にならなければならない。しかし、実際には自家増殖可能な品種が増えているのだ。
もう1つ別の角度から見てみたい。外国企業による品種登録(非居住者による品種登録)を見ると、さらに他の問題も見えてくる。中国は極めて低く、EUや韓国も低いのに対して、米国はとても高く、そして日本がそれに急追していることがわかる。
ところが米国での外国企業の登録状況を植物特許法と植物品種保護法で分けてみると、後者の植物品種保護法で登録される外国企業による品種の割合を見ると、とても低く、それは日本はもちろん、韓国やEUよりも低いのだ。米国での特許の登録を除いて通常育種の登録だけに絞ると、日本がもっとも外国企業に握られていることになる。現状では日本での外国企業登録品種は花が多いから心配ないと農水省は言うが、それは今、主要農作物の種苗は道府県が安くて優秀な品種を作っているため、民間企業は入り込めないということに過ぎない。農業競争力強化支援法によって「公正な競争」の名の下で税金の投入が攻撃され、農家が買って支えさせられる体制に変えられていけば、道府県の公的種苗事業は衰退していくだろう。そうなれば花以外の品種でも増えることは間違いないだろう。
新品種に特許を認めることは遺伝子組み換え生物(微生物)から始まったが、米国や日本政府は通常育種にも特許を認めている。それに対して、自国に世界のの遺伝子組み換え企業4社のうち2社を抱えるドイツ政府は通常育種には特許を認めない方針を早くに決めている。なぜ、通常育種にドイツは特許を認めないのか? もし、認めてしまうと、特許料の支払いが莫大になり、新品種開発に膨大な費用がかかり、種苗企業は新品種を多数作れなくなる。農家や消費者は選択が減り、しかもその開発費用のつけが回って高い種苗を買わなければならなくなる。だから全体の利益を考えれば、通常育種に特許は認めないとしたのがドイツ政府の結論であり、欧州裁判所も昨年、同様の見解を出している。
実際に米国では特許制度のため、新品種が増えておらず、しかも、特許は外国企業が占めてしまう(米国ですら過半数を抑えられない)ということなのだ。これは実にショッキングなデータではないだろうか?
つまり米国政府が種苗企業の知的財産権を強化するがあまり、米国は外国企業に種苗を握られ、しかも新品種開発で遅れを取っているということになるのだから。
日本の農水省の知財戦略2020ではこの特許の強化も大きな柱とされている。つまり、種苗法改正して育成者権を強化して、さらに植物の遺伝子に関する知見もどんどん特許法の下で特許を取らせることで、種苗企業の知財権を強化するというのが現在の日本政府の知財立国路線での国是となっている。
しかし、米国のこのデータはこの政策の未来像を語っている。
さらに新品種開発で遅れを取り、外国企業による支配が強まる。
この方向は本当に日本の農業を発展させる道なのだろうか? 政府の説明は信用に値するだろうか?
資料
・ UPOV 上記、統計は農水省を除きすべてUPOVから