「みどりの食料システム戦略」パブリックコメント後編

 2050年までに有機農業を25%に拡大する目標を設定した「みどりの食料システム戦略」の中間取りまとめに関するパブリックコメントの締め切り4月12日が1週間後に迫る(1)。これは今後の日本の社会に大きな影響を与える可能性が大なので、先日に前編を書いた(2)が、その続きを考えてみたい。
 この戦略には2つの要素がある。1つには前編にも書いたけれども、有機農業の拡大。米国も欧州も大幅に進めて、いわゆる発展途上国にも抜かれて、今、日本は世界の100位前後に沈む。日本は有機農業のパイオニアの国の一つだったのに、これは政府の失政を示す数字以外何ものでもないのだけど、目標前倒しで実現できるようにプッシュする必要がある。
 もう1つの要素は「みどり」の名前によるグリーンウォッシュ(ごまかし)で、実態は化学農業から遺伝子操作農業への置き換え、そして種苗から流通までを企業に統合させる企業型食のシステムの構築である。前者の方は空っぽな従来の政策をただ並べただけなのだが、後者の方は詳細で力が入っている。この2つの要素のどちらを政府が重視しているかが見えてくる。
 
 まず現状を確認しておきたい。まずは化学肥料の問題である。この戦略では「輸入原料や化石燃料を原料とした化学肥料の使用量を30%低減」とする。化学肥料は気候変動を激化させ、土壌劣化や土壌喪失をもたらすことが明らかになっている。流出した窒素は河川や海に藻を大量に発生させ、酸欠にして生物が生きられないデッドゾーンを作り出す。米国では地域によっては半分の土壌が失われた。今、米国で人気になっているのは土を守る農業(Regenerative Agriculture)であり、そのためには化学肥料を減らすこと(使わないこと)がとても重要になっている(3)。
 日本は化学肥料の原料、たとえばリンは100%輸入に依存しており、大半は中国から輸入されている。そして、資源の枯渇も見えている。ミネラルの供給は畜産との融合の他、有機農業からは離れるが「KOBEハーベスト」のような地域循環の方法も始まっている(4)。鉱山資源に頼れないのは明らかで、その点、30%減では不十分。

世界の農薬汚染地図

 次に農薬の問題だが、最近Natureに発表されたシドニー大学の研究では世界の64%の農地が農薬によって危険な状態になっており、特に31%はきわめて危険になっているという(5)。農薬の最も危険な地域はというと中国や日本なのだ(6)。やはり名指しされればインパクトも大きい。このままでは菅内閣がいくら農産物輸出の旗を振っても、世界の消費者は買おうとしなくなるだろう。世界でネオニコチノイド系農薬の禁止・規制が進む中、日本と極右政権下のブラジルだけ規制緩和が続いているが、ようやくここに来てこの戦略でネオニコチノイド農薬を減らす方針が明記された(7)。しかし、使用量を絶対量で減らすというのではなく、リスク換算で50%減らすとなっている。
 

 つまり新しい農薬を開発して、それが「安全」ということにすればよくなってしまう。その新規農薬とは何を考えているかというと、RNA農薬らしい。これはRNAを撒くことで害虫のタンパク質生成機能を変えて殺す殺虫剤になる。生物はDNA→mRNA→タンパク質という形でタンパク質を作るが、このDNAを変えてしまうのが従来の遺伝子組み換え、それに代わり、このRNAを使って同様のことをしてしまおうというのがこの農薬ということになる。遺伝子操作農薬と言えるだろう。殺虫剤だけでなく、作物に作用して実質的に遺伝子組み換え作物にしてしまう研究も進んでいる。
 これが果たして安全か。RNAはDNAに比べてもろく、残らないというが、遺伝機構にどういう変化をもたらすか、わからないことは多い。かつての遺伝子組み換えは閉じられた環境で操作が行われていたが、これは言わば自然界の中で堂々と遺伝子組み換えをやることになる。どれだけの生態系の変化が引き起こされるかわからない。そして、栽培する作物でも「ゲノム編集」推進が戦略の中に入り込んでいる。
 「ゲノム編集」についてはゲノム(遺伝子)の中の数塩基を破壊するだけで、自然界でも起きているとしているものの、実際には自然界で起きていることとは大きな違いがある。「ゲノム編集」によって植物が作り出す伝達物質の組成が変わり、植物間のコミュニケーションも変えられ、生態系にも影響を及ぼすことがありうると指摘する研究が現れている(8)。
 
 安全が一切、確認されていないこうした技術を戦略の中に組み込んでしまうことに危惧を感じる。これまで進められた化学農業、それが作り出す危機によって世界中が脅かされている。さらに別の危険を作り出す可能性のある技術で代替しようとすることへの大きな違和感を感じざるをえない。実際に化学農業はすぐにはなくならないから、化学農業と遺伝子操作農業の2つの脅威に脅かされることになりかねない。それを「みどり」という環境保全のイメージで推進してしまうことの道義的な問題を強く感じざるをえない。
 
 有機農業・アグロエコロジーによって世界を養うことは可能であることがすでに示されている。遺伝子操作技術は逆に有機農業・アグロエコロジー、生態系、人びとの健康を脅かす。両立しえないものをいっしょに実行すれば破綻するだけだ。日本にはすでに多くのすぐれた経験と知識がある。政策が伴えば飛躍的に拡げられる実力が備わっている。
 
 世界のアグリビジネスはこの後者の方向を押すために9月にニューヨークで開かれる国連食料システムサミットで国連組織の方向を大幅に変えようとしている。つまり、これまで国連が進めてきた小規模家族農家とアグロエコロジーを強化するという方向を、企業型バイオテクノロジーの方向に変えようというわけだ。これを止めるために、世界の農民・環境・人権など広汎な社会運動と連携していく必要がある(9)。
 
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(1) 「みどりの食料システム戦略」中間取りまとめについての意見・情報の募集について
https://public-comment.e-gov.go.jp/servlet/Public?CLASSNAME=PCMMSTDETAIL&id=550003303&Mode=0

(2) https://www.facebook.com/InyakuTomoya/posts/5151657411527714

(3) The coming obsolescence of GMO seeds
https://non-gmoreport.com/articles/the-coming-obsolescence-of-gmo-seeds/
GMOではない種子を扱う種子会社が米国で伸びているという。いい動き。

(4) 「KOBEハーベストプロジェクト」が国土交通大臣賞(循環のみち下水道賞)受賞
https://www.swing-w.com/news/release/20200904.html

(5) Risk of pesticide pollution at the global scale
https://www.nature.com/articles/s41561-021-00712-5

(6) Two thirds of farmland at risk of pesticide pollution
https://www.sydney.edu.au/news-opinion/news/2021/03/30/two-thirds-of-farmland-at-risk-of-pesticide-pollution.html

(7) 添付の図、参照。PDFは https://www.maff.go.jp/j/kanbo/kankyo/seisaku/midori/team1.html

(8) Genome-edited plants: negative effects on ecosystems are possible
https://www.testbiotech.org/en/news/genome-edited-plants-negative-effects-ecosystems-are-possible

(9) https://www.facebook.com/InyakuTomoya/posts/5081085418584914

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