気候変動を解決する自然に基づくとする方法が持つ落とし穴

 植物は光合成によって作った炭水化物のかなりの部分を地中に放つ。植物によって放たれた炭水化物に土壌微生物が群がり、その土壌微生物は植物からの炭水化物をエネルギーとして繁殖していく。そして植物にミネラルや水分をその交換に渡していく。実に見事な共生の関係がここにある。大気中の二酸化炭素は土壌の中に蓄えられる。この機能は気候変動が激化する中、さまざまな方面から注目が集まっている。気候変動を止める炭素固定法の中で、もっとも安全でもっとも有効な方法であるとして。
 昨年、米国の超党派の議員が提案した気候変動解決法案(Growing Climate Solutions Act)は土壌に炭素を蓄える農家にお金を与えるというもので党派を超えた支持を集めている。しかし、この法案に環境団体や農民団体、特に土を生き返らせる環境再生農業(Regenerative Agriculture)を進める団体までもがこの法案に反対している。なぜなのか?
 
 この法案が前提にしているのは一種の二酸化炭素排出権取り引きだ。つまり農家に払われる、その資金はどこからくるかというと、石油・石炭企業などが二酸化炭素排出企業が払うことになっている。その代わりに、現在、二酸化炭素を排出している企業は免罪され、二酸化炭素を排出することを許すことになる。石油・石炭という長い時間がかかるサイクルで固定された膨大な炭素を急速に環境中に出す影響は大きすぎて、土壌の中に炭素を貯めることでは相殺できない。
 化石燃料の使用の大幅削減、気候変動ガスの排出削減と同時に土壌の炭素を保持する力を取り戻せば、気候変動は止まる。すでに出てしまった気候変動効果ガスは気候変動を激化させ続けるから、排出を減らすだけでは不十分であり、減らすのと同時に、土壌の力を取り戻すことができれば気候変動は収まっていくことが期待できる。でもそれは排出を止めることと同時にやることが不可欠である。それにも関わらず、この法案ではマッチポンプ、しかもマッチの方が数倍大きいものになりかねない。
 
 当然ながら土壌の力を取り戻す農業は奨励されるべきだし、そのために補助金を出すことも有効な方策だろう。しかし、それが更なる炭素排出の取り引きであってはならないし、もしそうなればそれは逆効果になる可能性が高い。また、炭素循環農業の振興でも、小規模農家を無視して大規模な企業型農業を拡大させてしまえば、これまた別の問題が引き起こされる。農地が集積されて、太陽光パネルで農地が覆い尽くされるのと変わりがない。
 
 この植物と微生物の共生関係は、化学企業も目を付けている。一見するととっても画期的に見える提案がそうした企業や政府などから出されることは十分予想できる。いいものであればいいのだが、米国での法案のような、解決策にみえて、実は企業の利益をさらに推し進めかねない法案や提案が日本でも出てくるかもしれない。一見、グリーンに見えるけど、その内実はまったくグリーンではない、そんなものを見分けなければならないことが今後、増えてきそうだ。

 植物−土壌−微生物の循環とそれを生かす小農、地域、これらが主体になってこそ、本当の意味の解決策となる。その提案がこれらの主役たちを生かすものであるかどうかを吟味すれば、それが本物かどうか見分けがつくだろう。

Politicians Are Considering Paying Farmers to Store Carbon. But Some Environmental and Agriculture Groups Say It’s Greenwashing
https://insideclimatenews.org/news/16042021/politicians-are-considering-paying-farmers-to-store-carbon-but-some-environmental-and-agriculture-groups-say-its-greenwashing/

アフリカの生物多様性問題に取り組むアフリカ生物多様性センター(ACB)と南の民衆の立場から調査研究に取り組む第3世界ネットワーク(TWN)が発表した見解も同様の危険を訴える。
「自然に基づく方法“Nature-based solutions” (NbS) は解決策なのか、それとも誘惑なのか?」
Nature-based solutions or nature-based seductions?
https://www.acbio.org.za/sites/default/files/documents/202009/twn-briefing-paper.pdf

 土壌が二酸化炭素を保持できるという科学的見解についてはすでに数多くの研究がされていて、土壌の力が植物そのものや海などに比べ、大きなものを持っていることには多くが同意している。しかし、土壌に蓄積された炭素は不安定であり、その後、土壌に加えられた変化によって放出されることもあり、また温暖化が進めば、土壌に蓄えられた炭素も放出していく。
 土壌の力は高めなければならないが、土壌の長期的管理含めて総合的に行わなければその効果は保持できない。アグロエコロジーを活用した一貫した農地の保全が不可欠になる。
Effects of rising CO2 levels on carbon sequestration are coordinated above and below ground
https://www.nature.com/articles/d41586-021-00737-1

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