フード・デモクラシーと日本

 日本は本当にどうにかなってしまいそう。頭が混乱する。こんな時、外の動きを見ることで落ち着きを取り戻せるかもしれない。
 MST(Movimentos dos Trabalhadores Rurais Sem Terra、直訳すると土地なし地方労働者運動、土地なし農業労働者運動)はブラジルが軍事独裁政権が終わろうとする1984年頃結成され、農地改革を求めて、農業労働者を組織して、活動してきた運動団体。その運動が辿ってきた道、論争は興味に尽きないものがある。
 ブラジルは世界でももっとも不平等な土地独占のある国。ヨーロッパからの植民者たちが広大な土地を独占したことに起因した巨大地主が政治的にも経済的にも社会を牛耳ってきた。小農も土地を追われ、都市のファベラ(スラム)に住み、農業労働者としてトラックで巨大農場へと動員される。巨大地主はその地域の権力でもあるので、刃向かうことは命の問題に直結する。そんな中でMSTは農業労働者を組織し、農地改革を求めてきた。
 1988年の民主憲法では使われていない土地は農地改革の対象(有償で分配される)にしなければならないが、政府は大地主に牛耳られているので、農地改革は一向に進めようとしない。MSTはそうした使われていない土地を見つけて、そのそばにテントを張って座り込みをして、農地改革を主張する。憲法が認めた権利をもとに、行動を起こすことで、貧しい農業労働者たちが土地を得て、農民になっていく。
 
 しかし、初期のMSTはどんな農業をするか、組織としての方針は固まっていなかった。NGOなどが支援して有機農業・アグロエコロジーを実践するグループもあったが、かなりは地主がやっている農業を小規模化、つまり化学肥料や農薬を使う農業を行っていた。それゆえ、90年代初期は環境運動とぶつかることも少なくなかった。
 
 でもそれが変わっていく。なぜかというと、工業型農業を採用したグループでは債務で苦しむ農家が増えたからだ。それに対してアグロエコロジーを採用したグループからはそれは少なかった。つまり、農家の生存戦略としてアグロエコロジーの有効性が確認されたのだ。組織としてMSTは2000年過ぎにアグロエコロジーを団体として推進することを決定する。10年以上の時間をかけて実証された貴重な経験と言えるだろう。
 
 アグロエコロジーを採用することでMSTが得たものは農業経営上のメリットに留まらなかった。環境運動と衝突していたMSTは一躍、遺伝子組み換え企業との対決含め、環境運動の最前線に躍り出たことになる。それだけでなく、都市の消費者運動、医療者の運動、さらには先住民族運動との連携においても、大きな前進を遂げることになる。
 
 座り込みによる非暴力直接行動によって政府に行動を求める行動はホームレス運動にも影響を与え、ホームレス労働者運動(MTST)も誕生した。都市問題の解決としてのアグロエコロジーにも注目があがってくる。このアグロエコロジーが社会を底辺から変える基軸を作り出してきたと言えるだろう。
 
 こんな中で特に注目したいのはMSTがアグロエコロジーを方針として採用する上で、大きな役割を果たしたNGO、FASEを中心とした栄養政策に関わる動きだ。この20年、アマゾンやセラードの森林を破壊して、遺伝子組み換え作物の栽培や農薬使用が飛躍的に拡大する。グローバリゼーション食品企業の進出によって、特に地域生鮮市場は壊滅的な動きとなり、生鮮食品が入手できずに加工食品漬けになる貧困層が急拡大した。それと共に貧困層で糖尿病などの深刻な健康問題が大きくなった。この問題をFASEは先住民族やファベラのコミュニティを巻き込んで議論を積み重ね、真の栄養を取ることが基本的人権であるという認識を生んでいった。それはやがて労働者党政権の栄養政策としてまとめられ、国連でも発表され、国際的に注目されるものとなった。
 
 そして、それはMSTのミッションの一部に取り入れられる。当初は農薬を使うことも厭わなかったのだが、それが真の栄養ある食をすべての人に提供することをミッションとするようになった。それは都市部の中産階級からも大きな支持を集め、MSTはラテンアメリカ最大の有機米生産団体となった。有機農業は決して金持ちのものではない。まさに最底辺の農業労働者であった人びとによってブラジルでは有機農業が担われつつある。MSTやFASEにとっては有機農業(アグロエコロジー)とは反貧困でもある。

8月22日のアースデイ東京の講演資料(まだ未完、まだ変わるかも)の一部から。
 
 1つ特記すべきと思うのは、MSTが積極的にマイノリティの権利を守るために多くのエネルギーを長年にわたり割いていることだ。LGBTQの問題含むジェンダーの問題、子どもたちの問題についての取り組みは本格的に大きなエネルギーを割いている。武装している大地主関連の勢力によって命を狙われることは頻繁で、毎年何人もが命を落としている。そんな中でもこうした取り組みを決してやめない。
 子どもが誇りを持って取り組めなければ結局、土地を捨て、都会に行ってしまう。だからこそ、子どもに経験を伝えることには大きなエネルギーが注がれている。もちろん、使われるのはパウロ・フレイレが作った被抑圧者のための教育学をベースに発展させたモデルだ。
 性差別があれば農村は発展できない。だから女性やLGBTQの権利に関する活動も頻繁に行われている。家父長制の文化に浸かった社会がそれから離脱するのは容易ではない。でもアグロエコロジーの実践では女性の役割が大きくなる。だからそれを進めていくことで関係も変わってこざるを得ない。
 
 フード・デモクラシーという言葉がある。食を通じて、自然や社会の民主主義的な変革を行う運動を指している。それはもはや世界が無視できない大きさに育っていると言えるだろう。
 
 一方、日本では分離主義的、優生思想的、排外主義的な「食の運動」が出てきている。表面的には工業型農業の問題点では同じようなことを主張する。でも、その主張は自民族優先、排外主義と結びついている。これはきわめて危険な動きだ。社会的緊張を高め、紛争を作り出し、システムを改善するどころか、破局的な破壊に終わるだろう。許してはならない。
 
 MSTをはじめとする世界でフード・デモクラシーを担う運動や国内のマイノリティとの連帯が、今後の日本でますます重要になってくると思う。

8月22日夜19時 アースデイ東京主催
食の危機からこどもたちの未来を守る。いまわたしたちができること。
アグロエコロジーとローカルフード
https://peatix.com/event/3321311/

MSTのサイト
https://mst.org.br/
FASEのサイト
https://fase.org.br/pt/

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