政府が人びとの望まない政策をどんどん進めていく。こんな時にどうしていけばいいのか、とても参考になる取り組みがある。それがブラジルのアグロエコロジー運動。アグロエコロジーとは生態系を守り、その力を活用する農業に関する科学であり、そうした食のあり方をめざす農家の実践や市民の社会運動でもある。
これまでブラジルのアグロエコロジーを支えてきた柱は学校給食(PNAE)と食料調達政策(PAA)だった。政府が買い付けを保障するから、農家が現金収入を確保できる。市場に買い叩かれなくて済む。でも、極右大統領が誕生し、これらの予算を大きくカットした。新型コロナウイルスの蔓延による失業、コメや小麦など輸入穀物の暴騰という中、この政策により、飢餓層が急増する。そして、この極右大統領は空前の勢いで農薬を新規承認。現在、ブラジルで承認されている農薬の半数を占めるまでになった。海外では禁止されている農薬が続々と承認された。種苗企業は遺伝子組み換え企業によって買収され、大豆やトウモロコシ、コットンなどは遺伝子組み換え種子ばかり。
このような逆境の中でも、ブラジルのアグロエコロジー運動は地域に根を張ることで生き延びた。地方自治体が予算を出し、地域のアグロエコロジー生産をバックアップする、そんな例がブラジル全土で487存在するという(1)。その例を1つあげてみよう。
ブラジルの北東部パライバ州のラゴアセッカでは独自の条例を整備して、在来種生産を強化している。この地域は乾燥地域で自然条件の厳しい地域、貧しい農民が多い。しかし、州政府はこの地域にまったく合わない遺伝子組み換え種子を配布している。遺伝子組み換え種子は在来種に比べ、はるかに多くの水を必要とする。化学肥料や農薬も必須となる。これに対して地域の気候に合った在来種は少ない水で、化学肥料や農薬を使わずとも育っていく。
ラゴアセッカではまず市が在来種のマザーバンクを作った。在来種のタネ採りは地域の農家が行い、その種子を自治体が購入する。2021年には3.9トンの種子が購入されたという。そして、そのマザーバンクが地域の60ものコミュニティシードバンクを支えている。
この事業は二重に農家を守る。一つは直接購入によって種採り農家を支え、そして在来種の提供によって、多くの農家を遺伝子組み換え企業の魔の手から守ることができる。
干ばつに対して有効なのは遺伝子組み換え種子ではなく、在来種の種子なので、今後とも気候が厳しくなる中で需要は大きくなっていくだろう。農民、住民、生態系を守る農業は待っていては生まれない。市の条例を作り出したのも農民組合や市民の長年の努力があってのことだが、気候危機への備えもこうして進みつつある(2)。
2022年はブラジル大統領選が注目されたが、同時に地方議会の選挙も行われた。その選挙に際し、アグロエコロジー全国連絡会議(Articulação Nacional de Agroecologia)は全候補者にアグロエコロジー政策に必要な13項目を要求したが、この要求に同意した候補者が多数当選した。その要求には土地の権利、環境に合った在来種の保存、人種主義や女性差別への対処などが含まれる(3)。長年、議論を重ねてきたものの集積が生かされている。
そして大統領選もルラが勝利したことで、ブラジル新政権でアグロエコロジー政策を本格的に進めるために、市民組織もその立案準備に政府と連携して動いている(4)。今日で任期を終える極右ボルソナロ大統領が率いる政党が第1党という状況の中、そして多国籍企業が圧力を加える中、道は困難に満ちているが、その行く手には希望がある。
日本でも来年は統一地方選がある。その時、候補者にどんな要求をしていけるだろうか?
日本ではブラジル以上に問題ある動きが多い。1万9000種近くの貴重な在来種を集めた広島県農業ジーンバンクが来年3月に閉鎖予定とされ、シーンバンク存続のために、現在1月20日締め切りで署名運動展開中だ(5)。ぜひ、署名を!
さらに新潟県や愛媛県では県が「ゲノム編集」種苗開発に乗り出している(6)。京都府はフードテック・スマートバレー構想を立て、バイオテクノロジー企業を誘致しようとしている。福岡県も福岡バイオコミュニティ ゲノム編集産業化実証ラボを作って推進に躍起である。果たしてそれが日本の未来なのか? 生態系を無視した生産に未来はあるか?
基本となるのはまずは情報共有、そして議論である。
(1) Estudo aponta políticas para a agroecologia
https://www.correiobraziliense.com.br/economia/2022/12/5056522-estudo-aponta-politicas-para-a-agroecologia.html
ブラジルでのアグロエコロジーの実践を集めたデータベース
https://agroecologiaemrede.org.br/busca/?modo=mapa&recorteTerritorial=mr
(2) Programa municipal de sementes crioulas garante renda e autonomia para agricultura familiar no interior da Paraíba
https://midianinja.org/news/programa-municipal-de-sementes-crioulas-garante-renda-e-autonomia-para-agricultura-familiar-no-interior-da-paraiba/
(3) Agroecologia nas Eleições 2022
https://agroecologia.org.br/agroecologia-nas-eleicoes/
(4) Movimento agroecológico contribui na equipe de transição com propostas de combate à fome
https://www.brasildefato.com.br/2022/12/22/movimento-agroecologico-contribui-na-equipe-de-transicao-com-propostas-de-combate-a-fome
(5) 広島県農業ジーンバンクの存続を求めます!(締め切り1月20日)
https://chng.it/nggkm9W52j
(6) 2021年10月30日の投稿
https://www.facebook.com/InyakuTomoya/posts/pfbid0yB96UJKi9EgEmW5RWVutfohRNN3NV3GdgDFTCHHwj7sLn3eW56c2SWpyjxS6fdCEl
福岡県:福岡バイオコミュニティ ゲノム編集産業化実証ラボの開所式
https://www.pref.fukuoka.lg.jp/contents/fbc-genome-lab2.html
愛媛県農林水産研究所 果樹研究センター
https://www.pref.ehime.jp/kashi/documents/20220523.pdf