厚労省が培養肉製造ガイドライン策定へ。フードテックの幻想

 2月8日、厚労省はいわゆる培養肉製造に関するガイドラインを作ることを決めたとのこと。すでにシンガポールや米国政府はゴーサインを出しているが、それに日本も追従する姿勢を明確にしたようだ⁽¹⁾。
 でも実際にこの培養肉の問題をじっくり調べると果たして本当にそれが望ましい方向とは到底思えなくなってくる。実際にイタリアのように培養肉を禁止する国も出てきているし、米国のフロリダ州やアリゾナ州では培養肉の販売を禁止する法案が出ており、他の州にも広がっていこうとしている。
 
 この培養肉、あるいは肉以外も含む細胞性食品を作るフードテック企業は世界中の投資家から注目され、莫大な投資が一時集まった。投資家だけでなく、既存の食肉メジャー企業も投資し、レオナルド・ディカプリオやビル・ゲイツの投資にも注目された。肉だけでなく、水産物やコーヒーやカカオなどの絶滅も危惧される細胞培養も注目を浴びてきた。しかし、今やそのブームも過ぎ去り、現在は投資も引き上げられ、厳しい状況となっている。その状況をニューヨークタイムズがゲスト投稿として紹介している⁽²⁾。
 
 この細胞性食品についてはコストなどの技術問題がまず指摘される。わずかな少量の食を作るために、莫大なコストがかかる。もっともこれは技術改良によって急速に安くなる可能性は残る。でも、問題はコストの問題に限らない。
 本来、細胞は適切な環境以外では遺伝子レベルで繁殖をやめるようになっている。おかしなところで増殖してしまったら大変だから、体内から取り出されたら自死するのが通常だ。バイオリアクターというタンクの中でも増殖するように、さまざまな操作が行われる。でもそのような操作がバイオハザードの原因を作り出す可能性がある。
 
 また、その細胞が増殖する環境を作る上で、さまざまな動物性の原料や微生物が使われるが、それによって細胞性食品が汚染される可能性がある。本来、生命はそうした汚染から自らを守る免疫システムを持っているが、そうした生命のシステムを持たない生命の仕組みから切り離された細胞にはそのような仕組みが存在せず、汚染あるいは異常な増殖を避けることができない。そうした自己防御システムを作り上げることはいわば合成生物を作り上げることに等しく、果たして合理的な選択が疑わしい。
 
 技術的に完璧な生命に代わる生命増殖システムを作ることができたとしても、果たして元の生命に比べ、果たしてその生産が環境に影響を与えないか、というとかなり絶望的なことにならざるをえないだろう。遺伝子操作された細胞と遺伝子操作された微生物によって作られるシステムは耐熱性の高い毒素を作り出す可能性が高いので、自然界の中にそのまま捨てることができない。無害化のために膨大なエネルギーが必要になる。
 
 これに対して、自然な生命はそんな毒素を作り出すことなく、循環していくことが可能だ。糞は肥料にもなり、そしてその死骸もまた自然に戻る。つまり自然の中で循環できる食のシステムに対して、この細胞性食品はそもそも循環しないシステムになってしまう。膨大な産業廃棄物を作り出す。トータルに考えれば効率は悪くなる。
 
 その非効率を考えると、気候危機を解決するどころか、通常の畜産よりもはるかに多くのCO2を排出する可能性が高い。最大25倍に達するという見方もある⁽³⁾。
 
 結局、生命ならぬ生命を作ることの無理さ、非合理さは技術革新によっては克服することが不可能であり、それに莫大な公金をつぎ込むことは新たな錬金術に貴重な資源を騙されることにしかならないだろう。その産業を育成することは巨大な無駄遣いであり、食料危機をそれで解決するなどというのは妄想と言うしかない。
 
 食べること、生きることとは何か、それを根本から問い直すことが必要だと思う。
 
 細胞培養肉は当面、市場に急速に広がる可能性は低いと思うが、一方で懸念されるのが細胞培養ミルクの方だ。世界各地でスタートアップ企業による製品化が続々と報道されている。この細胞培養ミルクの増産が現在の畜産の存続をさらに厳しくしてしまう可能性がある。本来、維持可能ではない細胞培養ミルクが今後、拡大してしまい、健康や環境への甚大な害が発覚した時、自然な畜産がその時に駆逐されてしまっていたら、何が起きるだろうか? 乳児用粉ミルクの欠乏という致命的事態が作り出されてしまうだろう。
 
 細胞培養ミルクは食料危機の解決より食料危機をむしろ作り出す可能性の方が高いと思う。既存のファクトリーファーミングはもちろん減らさなければならないが、より自然を守る形で行われている畜産こそが食料危機から私たちを守ってくれるだろう。そうした畜産を守っていく必要がある。フードテック企業の宣伝には振り回されずに、賢明な政策を求めていく必要があるはずだ。

(1) 2024年2月8日薬事・食品衛生審議会食品衛生分科会新開発食品調査部会(オンライン会議)資料
https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_37730.html

(2) The Revolution That Died on Its Way to Dinner
https://www.nytimes.com/2024/02/09/opinion/eat-just-upside-foods-cultivated-meat.html

(3) New study suggests that lab-grown meat produces up to 25 times more CO2
https://interestingengineering.com/science/lab-grown-meat-25-times-co2

FAOが細胞性食品の安全性に関する方向をまとめている。
https://www.fao.org/3/cc4855en/cc4855en.pdf

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