米騒動とバイオテクノロジー

 危機とはおそろしい。人びとの思考能力を奪い、平常時ではありえないことが堂々と、あからさまに実行されてしまうから。
 米騒動を機に、お米とは縁もなかった巨大企業がお米を握ろうとしている。そして地域のお米屋さんは排除。急激な米価高騰で「巨大企業に任せた方が安く、誰もが買えるからいいんじゃないか」と警戒感が薄れてしまう。でも、小さな流通業が廃れて、大企業しか扱えなくなり、競合他社がなくなれば、もはや決定権は巨大企業が握る。私たちの食の決定権は名ばかりとなって、価格や何を売るか、決めるのは巨大企業の手に握られる。
 
 流通と同時に生産の現場はさらに危うい。実はモンサントは「とねのめぐみ」という品種をもって、日本の稲に参入を試みたことがある。「とねのめぐみ」は遺伝子組み換え品種ではない。「コシヒカリ」と「どんとこい」を交配させ、従来の品種改良で育成した品種。でも、彼らは日本の稲から撤退した。彼らを撤退させたのは水田だった。
 水田がある限り、彼らのビジネスは儲からない。水田は雑草の成長を抑え、ミネラル分を保つことができる。だから農薬にも化学肥料にも依存しない農法が可能だ。しかも、その上、種もみの値段は地方自治体が安く供給している。これではモンサントのビジネスはあがったりなのだ。
 まだ地方自治体の種苗事業はなんとか続いているが、種子法は廃止され、外堀は埋まっている。でも、この水田がある限り、モンサントは入り込むことができない。だから彼らは水田を攻撃してきた。モンサントを買収したバイエルのCEOは2024年のダボス会議で、アジアの水田こそ、温暖化効果ガスのメタン排出源であり、乾田に変えるべきだ、と発言した。そしてその発言は日本では冷ややかに受け止められただろう。「何を言う」という反発がメインであっただろう。水田が果たしている役割の大きさを私たちは知っているし、それがもたらした恩恵を日々、享受しているのであるから。
 水田には大きなメリットがある。水田ならば連作障害が起きにくい。だから毎年、稲を作り続けることが可能だ。同じことを畑でやれば連作障害が起きるから同じものを生産し続けることは難しく、輪作するか、無理に生産すれば農地がボロボロになってしまう。
 だからこそ、水田が広がるアジア・モンスーン地域は巨大な人口を抱えることができた。世界の人口の過半数がこの地域にいる。それを支えたのは何よりも水田に他ならない。
 
 しかし、米高騰がひどくなった今日、新旧メディアがこぞって乾田を持ち上げる。いわく「乾田直播にすれば稲作の大規模化が可能となって米価を下げられる」「カリフォルニア米にだって価格で競争できる」「日本米を輸出して、米生産を拡大できる」。そんなYouTube番組に「いいね」が集中し、テレビ番組でも、そのメリットを唱える人が引っ張りだこだ。革新派のキャスターやYouTuberまでが絶賛をはばからない。あのダボス会議でのバイエルCEOの発言の時の反応はどこにいったのだ。
 
 ドローンでタネを乾田直播すれば、手間のかかる田植えが省略できる。広大な田を人手をかけずにまかなえるから、安くできる、となると、日々の米価高騰に脅かされると思わず、それに乗ってしまいたくなるかもしれない。でも待った。それは地獄への道だ。
 
 ドローンで乾田直播となれば風で種もみが飛んでいかないように鉄コーティングされ、虫や鳥に食べられないようにネオニコチノイド系農薬でコーティングされた種もみが選ばれるようになるだろう。そして水田と違って、乾田では雑草は抑える手段がないから、農薬に頼らざるをえないし、ミネラルも吸収しにくくなるので、化学肥料の使用は不可避になる。水田ならば生えることが可能な雑草は限られているが、乾田ではその制約もないので、さまざまな雑草対策が必要になる。となると、普通の種もみだと効率が悪い。雑草を農薬ですべてを枯らし、種もみだけは遺伝子操作でその農薬に耐えられるので、これまたドローンで乾田全体に農薬をかけてしまう動きが近い将来出てきて、止めることは難しくなる。つまり、乾田直播に適した遺伝子操作品種が導入されることになるだろう。
 
 ここまでくると、稲の生産は完全に遺伝子組み換え企業の配下に収められることになる。人工衛星で農地の状況は随時監視され、成育状況はすぐに流通企業に握られる。生産から流通まで、大企業に支配され、私たちの食料主権、食の決定権は文字通り剥ぎ取られる。巨大企業が国連を乗っ取って、作った食料システムサミットがめざす方向だ。彼らは大企業ベースの食のシステムにリセットしようとしている。
 
 悲劇はそれだけでは終わらないだろう。もし、日本だけでなく、アジアの水田が消えてしまえば、アジアの環境が持たなくなる怖れがある。一〇〇年後、耕作できる農地は激減し、この地域の膨大な人口は支えることができなくなるかもしれない。
 
 もちろん、水田だけがすべてではない。水田ができないところで陸稲や雑穀を作ることは有効だし、重要。問題なのはうまく行っている水田をわざわざ潰してしまうことだ。水田ができるところで水田を守らないと、日本を含むアジアの繁栄はもはやありえなくなるのではないか。
 そして、この地域を支えてきたのは他ならぬ、水田を守り続けてきた小農であることを思い出す必要がある。しかし、今、その小農こそが米価を上げる元凶だとして攻撃を受けている。その攻撃はあまりに短絡的な見方にすぎない。それを言わせているのは誰か想像すればすぐにわかるだろう。
 
 平常時ではまずありえないことが、惨事を機に一気に進む、ナオミ・クラインが批判した惨事便乗型資本主義、ショック・ドクトリンそのものだ。生産から流通まで、これまで参入することができなかった巨大企業が怒濤のように押し寄せてきている。その危険をまず認識しよう。地域の小農、そして小さな流通業者たちを守らずには、私たちの未来は守れない。
 
 危機は惨事便乗型資本主義のきっかけにもなるが、その危険を理解すれば、好機に変えることもできるはず。参議院選挙を前にして、何を求めていくべきか、しっかり考える機会を持ちたいと考え、OKシードプロジェクトでオンライン学習会(参加費無料)を企画しました。
 
 ぜひ、ご参加ください。

《オンライン学習会:米騒動とバイオテクノロジーその2》
日時:2025年6月23日 (月)午後8時〜9時30分
講師:印鑰(いんやく)智哉(OKシードプロジェクト事務局長)
申し込み:https://save.okseed.jp/eventapply1

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