政府の説明がおかしくなってきている。政府が悪いと言えばその通りなのだけど、政府がおかしな説明を平然としている大きな理由にマスコミの機能不全があると思う。
数日前にもネトウヨからDMが来た、と思ってよく読んだらマスコミ(地方テレビ局)を名乗るものだった。最初はマスコミのふりをしているだけかと思ったら、どうやら本当にマスコミの記者らしい。
質問の趣旨を聞くと、種苗法改正賛成派と反対派に等しく話を伺いたいというのだが、最初からこちらの主張に対しては全面否定的。話を聞きに来る姿勢はなかった。農水省の説明がおかしい、というこちらのコメントに噛みついてきた。
確認しておこう。農水省は種苗法改正の対象となる登録品種はほんの一部でほとんどは種苗法改正の影響を受けない「一般品種」でその割合は1対9で「一般品種」が多いと言う。
しかし、登録品種はいずれ時が経てば「一般品種」になるので、数の上では多くなるのは必然。だけど、古い「一般品種」が栽培されるという保証はなく、実際に栽培される品種で比べなければならないはず。そして実際に栽培される品種で比較すると登録品種の割合は1割という数字にはならないのだ。
お米の場合は全国の生産量で33%、品種の数では64%になる。登録品種の割合は地域や作物によって激変し、100%登録品種というケースも逆に0%もある。サトウキビは沖縄でも鹿児島でもほとんどが登録品種だ。地方自治体が力を入れる主力産物ほど登録品種の割合が高くなる傾向がありそうだ。となると、その地方で重要なもので登録品種の割合が高くなるのだから、1割しかないから大丈夫、という農水省の言い分は当てはまらないケースが少なくなく、問題があると言わざるを得ない。
この数で見る限り、登録品種と「一般品種」の割合は8315 対 19081となる。登録品種は約30%。1対2よりもやや少ないくらい。出典は農水省提出データ。
栽培されている品種の数では圧倒的に登録品種の方が多い。もちろんデータは農水省からのもの(本文に出典のURLがある)。
農水省はほんの一部というが、実際に改正で自家増殖許諾制の対象に変わる登録品種の数は5294品種にのぼる(登録品種の8315のうち、3021品種はすでに自家増殖規制対象なので、法改正の影響を受けない。要は8315品種が自家増殖許諾の対象となるということ。いや、その中には許諾を得られないケースも多数あるだろう[*])。
これらは農水省自身のデータなので、農水省も否定しようがない。しかし、農水省自身はそれを取り上げて発表していないだけ。にも関わらず、この記者は農水省の言い分を鵜吞みにして、そんな数字になるわけないと、否定してくる。農水省の言い分を検証せずそのまま受け入れるのであるなら、それはジャーナリズムとは無縁の政府広報でしかない。
これで本当に賛成派と反対派の言い分を等しく聞くという趣旨で取材に来た記者なのだろうか、マスコミの人間と相対しているというよりはネトウヨを相手にしているようにしか思えなかった。
なぜ、こんなに感情的な対応になるのだろうか? 要するに韓国のイチゴと中国のシャインマスカットで、一気に国内の問題を嫌韓・嫌中の話にしてしまったからだろう。
でも、韓国のイチゴは合法的に育種された韓国のものだったし、中国のシャインマスカットも育成者の国立農研機構が中国での品種登録を怠っていた事実を隠している。どちらも「だから種苗法改正が必要だ」とする論拠とすることは良識のある人であればできない。でもそれに結びつけておけば、世論の支持は取れると推進側は思ったに違いない(でも最近ではさすがに韓国のイチゴの例は出してはまずいということになって出していないと思うが、シャインマスカットはいまだに言い続けている、が、これはおかしい)。流出問題はそれはそれとして対処すべき問題であり、異なる問題をごっちゃにすれば冷静な議論はできなくなる。
農水省のこの説明は論理が飛躍しているわけで、それに対してまずはなぜ、と疑問を持つべきだろう。そのおかしな説明をやめさせて、本当に整合性のある説明がされた時に初めて法改正についてまっとうに議論できる環境ができる。賛成であろうと反対であろうと、まっとうな法改正の前提が出されていないところで、本当の議論はできない。マスコミがやるべきなのはそうした問題を是正する役割ではないだろうか? 今の記者にやる余裕がない、としたら、そうした作業をやっているものから謙虚に聞く姿勢があっていいだろう。それもない。お上の言うことが正しい、と信じてしまって、検証を叩くだけ。マスコミがこれではこの国はおかしくなる。
買ってきた品種を自家増殖する際には許諾料を払う方が望ましいケースもありうると思う。育種環境が厳しい時など助けなければ結局困るのは全員なのだから。ただし、それを農家だけの負担にするのか、それとも公的な支援をあてるのか、議論する余地がありうると思う。地域の種苗がなくなって困るのは消費者含む社会全員なのだから。
決して自家増殖自由か否か、の問題ではなく、農家と育種家の両方が地域の種苗を安定的に育てられる環境を作るためにどんな政策が必要かを冷静に議論することが重要だ。自家増殖の権利だけが重要なのではない。しっかり現実を見た上で議論すべきだ。嫌韓・嫌中を動員して冷静な議論ができない環境にすることは間違っている。それは日本にとって本当に不幸なことだ。公共政策はどうあるべきか、問われている。
農水省のデータを掲げておいたのでそれを参考にしてほしい。すべては生データが公開されている。品種ごとの生産量までわかるのは稲のみ。他は品種の数しかわからない(あれば調べたい)。図ごとにコメント入れてあります。
農水省の生データは以下から得ることができます。ご自身でご検証可能です。
・各都道府県において主に栽培されている品種 (ただしかなり抜けが多いのが残念。もう少ししっかり調査してほしい)
https://www.maff.go.jp/j/kanbo/tizai/brand/b_syokubut/hinshu.html
・ 登録品種データベース http://www.hinshu2.maff.go.jp/vips/cmm/apCMM110.aspx?MOSS=1
・ 米穀の農産物検査結果(稲の品種ごとの生産量がわかります)
https://www.maff.go.jp/j/seisan/syoryu/kensa/kome/
[*] 許諾制になる8315の登録品種のうち、許諾が得られない、必ず買うことが求められる品種も一定数あることが考えられるが、その数についても農水省に尋ねたけれども、個々の育成者権が決定する、と答えるだけだった。自家増殖禁止がどれだけの数になるか、今、まったくわからないのが現実である。