未来の種子のシステムはどんなもの?

 未来を先取りしたいと思わないだろうか? 気候変動の激化や生物大量絶滅が危惧されている中で、それへの解決策が示せれば世界に大変な貢献ができることになる。そんなわくわくするような試みがあちこちで行われているものの、それをすべて潰してしまうようなおかしな政治がわたしたちの前に立ちはだかる。それは産業の発展も阻害する。
 日本で種子法が廃止され、種苗法も改定された。世界各国で同様の動きが進んでいる。それを根拠付けるのがUPOV1991年条約だ。種苗育成者の知的財産権の優越を規定した条約だが、この条約は農民の種子の権利を奪うだけでなく、むしろ各国の種苗産業に低迷をもたらすという批判が急速に高まっている。この条約を批准すると、それに準拠した国内法の導入が義務化され、それによって多くの国で農民の種子の権利が奪われる結果になった。いわゆる「モンサント法」である。
 
 スイス種子への権利連合(Swiss Coalition Right to Seed)などの市民団体は欧州自由貿易連合(EFTA、アイスランド、ノルウェー、スイス、リヒテンシュタインが加盟)に向けて、自由貿易交渉の際にUPOVを発展途上国に押しつけないことを求める公開書簡を送った。
 実はこのEFTA諸国自身は加盟4カ国のうち3カ国はUPOVを自国には完全に課していない。それにも関わらず、自由貿易交渉の時には南の国にはそれを要求するというダブルスタンダードとなっている。この批判に対して、EFTA側は自身の非履行は曖昧にごまかしつつ、UPOVを自由貿易の際に準拠すべき基準という姿勢はまだ変えてはいないものの、UPOV条項の履行は自由貿易交渉の前提にしないと柔軟性を示した(1)。
 
 このUPOV条項がむしろその国・地域での種苗産業の停滞をもたらしているとして、特に南の国で批判が高まっており、UPOVに代わる種苗産業の保護のあり方も模索され始めている(2)。

 たとえばベトナムはアジア諸国の中ではいち早くUPOV条約の批准国となったが、ベトナムにおける種苗産業育成には役立っておらず、むしろ成長を妨げる危惧が指摘されている(3)。

 これは南の国だけの問題ではないのではないか。たとえば米国は新品種を育成した人への知的財産権を最も擁護する政策を取っているが、米国での新品種開発は他の国に比べ低迷している。知財権の過度な擁護は開発費の巨額化と種子企業の寡占化を生み、新品種開発はむしろ困難になる。
 日本はこのUPOV条約をアジアすべての国に締結させるとして、アジア植物品種保護フォーラムを立ち上げ、アジア諸国に働きかけているが、日本での新品種開発はこの10年間、低迷どころか、衰退に向かっている。
 そろそろこのUPOVがめざす方向が間違っていることを認識すべき時が来ていると言えるのではないだろうか?

 スイスなどの市民団体がUPOVの他国への押しつけをやめることを求め、それにスイスやノルウェーなどのEFTA諸国は一定、理解を示しているのに対して、日本政府が行っているのは真逆のことであることを今一度、深刻に受け止めざるをえない。ここ数年、日本政府はさらに予算を増やして、アジア諸国にUPOV条項の履行を求め続けている。そして自国の農家にも厳格なUPOV条項を課すことを決め、種苗法を改定してしまった。
 
 今後、気候変動もさらに激化することが確実な中、多様な種苗を守ることが有効な対策となる。多くの国で公的な事業として多様な種苗が作られ、さらに農家がさらに多様な種苗を維持してきたが、その公的事業が多国籍企業によって攻撃され、民間企業の手にわたる。民間企業は多様な種苗を維持するよりも売れ筋のものに特化する。結果として、民間企業に独占された国・地域では種苗の多様性が急速に失われている。
 この動きに対して市民運動は地域の多様な種苗を守るためのシードバンクを作り、対抗しようとしている。国によっては自治体がそれをバックアップするところも生まれてきた。COVID-19蔓延以降は家庭菜園で食を作る人が増え、各地域のシードバンクはかつてない活動の拡大を見ている(4)。

 今、世界の動向を見るならば、日本政府の動きは時代の流れをまったく無視した遅れたものとなっており、それはむしろ、世界の未来の可能性を奪うことになりかねないと言わざるを得ない。そのことに税金が使われ続けている。人びとの未来を奪うことに。

 日本政府は「みどりの食料システム戦略」で有機農業拡大方針を出そうとしている。まさにその有機農業のためには地域に合った有機種苗が不可欠であり、そうした種苗を作るために必要な政策へと転換する必要がある。そのためには種苗政策の根幹も変えていく必要がある。当然、UPOVの他国への押しつけもやめるべきである。

 未来を先取りする大きな政策転換が今、日本で不可欠になっている。

 
(1) EFTA insists on the UPOV clause in negotiating mandates for free trade agreements (FTAs)
https://www.bilaterals.org/?efta-insists-on-the-upov-clause-in&lang=en

EFTAからの返答に対するスイス種子への権利連合のコメント
https://www.recht-auf-saatgut.ch/wp-content/uploads/2021/03/Kommentierter-Antwortbrief-EFTA-201210-e.pdf

(2) 9月21日の投稿:UPOVや東アジア植物品種保護フォーラムなどについて(この投稿の中にアジアやアフリカでの情報あり)
https://www.facebook.com/InyakuTomoya/posts/4569591803067614
The Right to Seeds and Legal Mobilization for the Protection of Peasant Seed Systems in Mali
https://academic.oup.com/jhrp/article/12/3/479/6028894?guestAccessKey=f2ee805a-30f3-4b1d-9fa2-6d418b37bd0d

(3) Plant Variety Protection in Practice in Vietnam: The Pains in the Gains Achieved 68ページの詳細な研究報告(添付画像はこのレポートの表紙)
https://www.apbrebes.org/node/326

UPOV Misleads Developing Countries with Absurdly Incorrect Information
https://www.apbrebes.org/sites/default/files/2021-03/Vietnam%20press%20release_fin.pdf

(4) いろいろな国で増えているのだけれども、今回は米国の例。もちろん、米国に留まるものではなく、その動きは全世界的なものになっている。
The COVID Gardening Renaissance Depends on Seeds—if You Can Find Them
https://civileats.com/2021/02/22/the-covid-gardening-renaissance-depends-on-seeds-if-you-can-find-them/

This Teenager Helped Launch Seed Libraries in Every State
The popularity of seed libraries has soared during the pandemic.
https://modernfarmer.com/2021/02/this-teenager-helped-launch-seed-libraries-in-every-state/

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