アイウトン・クレナッキ『世界の終わりを先延ばしするためのアイディア』

 とても大事な本が出た。アイウトン・クレナッキ『世界の終わりを先延ばしするためのアイディア』国安真奈訳(中央公論社)(1)
 タイトルそのものの本だと思う。今、多重の同時危機が世界を襲う中、まさにこのアイデアが生かせるかに私たちの未来がかかっている。でも、ノウハウ本ではない。彼の語る短いエッセイを受け止めて、我が物にできるかどうかにかかっている。
 アイウトンはブラジルの先住民族クレナッキのリーダーだ。
 
 実際にどこまで世界が認識しているかは疑問だが、先住民族は世界を何度も救ってきている。ヨーロッパで教会が絶大な権力を持ち、宗教戦争に明け暮れていた時にその教会が示す世界とは異なる世界を示したのは「新大陸」の先住民族だったと言われる。民主主義の起源をヨーロッパではなく、先住民族の貢献に見る人の数は年々増えている。
 その後、ヨーロッパは世界の侵略と支配への道に進むが、それは多様な世界を滅ぼすモノカルチャーの世界化をもたらした。そしてヨーロッパ人自身がそのツケを払うことになる。ヨーロッパの庶民の主食までになった新大陸から来たジャガイモ、先住民族の生産方法を学ばず、モノカルチャーで育てた結果、菌病で絶滅しかけて、アイルランドは人口が半減近くに激減する被害を受ける。その菌病から救ったのも先住民族が守ってきた生物多様性だった。
 モノカルチャー、工業的な農業が世界を覆い尽くし、世界の小農の生存が追い詰められている。その小農の闘いの世界化に貢献したのもまた先住民族であった。先住民族の国連での闘いが小農の権利確立に向けた世界の動きを生み出す源泉となった。そして、生態系を守る農業、アグロエコロジーもまた先住民族の経験から生まれた。
 世界が今、気候危機と生物絶滅危機に瀕する中、その危機からの回避は生物多様性を守ることにかかっているが、世界でわずか5%しかいない先住民族が世界の80%の生物多様性を守っている。
 
 世界の終わりは先住民族のおかげですでに先延ばしにされてきているのだ。それなのに、先住民族を絶滅させようという動きはまったく止まっていないどころか加速している。私たちの年金までもが彼らを土地から追い出し、彼らの生存を支える環境を壊すことに使われている。
 
 「私たちの未来」と書いた。人類の未来。果たして人類とは何だろう? アイウトンは問い返す。あまりに根源的な問いであって、わずか1時間あれば読めてしまう小さな本がなかなか読み進まない。あまりにその問いが愛おしくて、体が震えてくる。
 
 ブラジルは世界でも先住民族の権利を守るもっとも先進的な条項を持つ憲法を1988年に制定しているが、それは彼の伝説的な連邦議会での演説が先住民族に敵対的な大地主勢力の強い議会を動かしたからだと言われている。だが、今、ブラジルのボルソナロ大統領は憲法違反の公約を掲げ、先住民族の土地を奪おうとしている。そして、それをもっとも支援しているのが日本政府だ。米国政府ですら批判的になっているのに。
 
 先住民族を敵視する現大統領の就任の時、ブラジルメディアに脅威を感じないかを問われた時、彼はむしろ白人社会が持ちこたえられるのか心配だと答えた。先住民族は500年以上にわたり殺戮の中、生き残ってきた、むしろ心配なのは白人社会だと。確かに今、ブラジル社会の分断はきわめて深刻なレベルに陥っている。大統領任期が終わりが迫ってくる中、彼の言葉の深さに改めて驚く。
 
 彼は1989年に日本で開かれたピープルズプラン21世紀、世界先住民会議、水俣会議に出席するために来日している。ブラジルで画期的な憲法を成立させたすぐ後のことだ。その時に彼に初めて会った。そしてその後も何度となく会うことになった。彼はその後何度もアイヌについて語っている。それから30年以上が経とうとしているけれども、彼は第一線から退くことなく、常に発言を続けている。毎日のように彼の発言がブラジルの市民社会の中で反響を繰り返している。ブラジルの市民社会は彼の一挙手一投足に注目する。この5月にはブラジル先住民族として最初の名誉博士号をブラジリア大学から送られている(2)。カンピーナス州立大学は受験生の必読本の1つとしてアイウトンの本を読むことを課している(3)。

 世界を終わりにしないために、彼の言葉を何度も何度も噛みしめたい。この本を日本語で送り出してくれた国安真奈さんを初めとした方々に深い敬意と感謝を送りたい。

(1) 『世界の終わりを先延ばしするためのアイディア−人新世という大惨事の中で』
アイウトン・クレナッキ 著/国安真奈 訳
https://www.chuko.co.jp/tanko/2022/04/005532.html

(2) アイウトンの名誉博士号の件を伝える記事
Ailton Krenak é o primeiro indígena a receber Doutor Honoris Causa pela UnB
https://www.brasildefato.com.br/2022/05/13/ailton-krenak-e-o-primeiro-indigena-a-receber-doutor-honoris-causa-pela-unb

(3) Cartola, Conceição Evaristo e Krenak serão leituras obrigatórias do vestibular da Unicamp
https://www.brasildefato.com.br/2022/05/11/cartola-conceicao-evaristo-e-krenak-serao-leituras-obrigatorias-do-vestibular-da-unicamp

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA