土壌微生物と植物の共生関係は興味が尽きない(1)のだけど、これだけ見ていると近視眼的になってしまう。この世の中には動物もいる。当然、人間もいる。
動物の出現はこの土壌微生物と植物の共生関係をさらに拡大している。雨の少ない地域、特に寒冷な地域ではこの動物の存在が重要になる。なぜなら、そうした環境では土壌微生物は繁殖していくことが困難であるからだ。微生物たちは動物の腸にそうした環境でも繁殖していくことができる場所を見つける。あらゆる生命が必要とする窒素は微生物が空中から取り入れ、植物を通じて、動物にも供給される。そして炭素は植物の光合成によって微生物や動物に与えられる。
わずかな草を草食動物が食べ、その動物のお腹の中で微生物が繁殖し、糞となって排出されることで、土の中に炭素が蓄えられる。また草食動物が草を食べるたびに土の中の根は土に還るスピードが加速し、土が増えていく。肉食動物の存在が草食動物の増えすぎをコントロールし、過度に草が食べられないように維持される。土の中には水分や炭素や窒素が蓄えられ、気候変動も抑えられる。
この動物相を失うと、草、土壌微生物、土の循環が維持できなくなり、砂漠化してしまう地域がある。砂漠化すれば土は失われ、植物も、土壌微生物も激減する。その結果はさらなる気候変動が加速されることになる。
この自然循環をまねることで、自然と共存できる畜産も存在している。そうした畜産は気候変動を抑制することができる(2)。しかし、近年では家畜を閉じ込め、自然の循環を断ち切る畜産が急増している。その最悪な形態が工場のように家畜を閉じ込めるファクトリー・ファーミング(工場型畜産)。これは自然な循環を一切持たないだけでなく、飼料を得るために自然林が破壊され、遺伝子組み換え大豆などが大規模栽培によって作られる。どちらも気候変動と環境汚染の源となる。それにも関わらず、世銀・国際金融公社は推進してきており、批判が集まっており、米国ではファクトリー・ファーミングの禁止を求める動きがすでに始まっている(3)。
日本では、放牧による畜産を家畜伝染病の防止を理由に大幅に規制する飼養衛生管理基準を変更するパブリックコメントが5月13日から6月11日まで行われた(4)。もし、放牧ができなくなれば、もはや畜産は自然との関わりを断ちきられ、ファクトリー・ファーミング化してしまうだろう。
このパブリックコメントに対しては全国から反対意見が殺到し、農水省はこの基準の変更を撤回した(5)。日本のパブリックコメントはいってみれば形式的なガス抜きであって、いくら反対の意見が多数寄せられても変わることはこれまでほとんどなかっただろう。今回、撤回に至った事態は異例だが、それは評価できる。
また一方で、大豆などを活用した代替肉や培養肉の普及に向けた動きが激しくなっている。これまで述べたような問題から自由になるという希望も持たれてみられている動きではあるが、これには生態系の循環の見地からは大きな問題がありうる。
米国ではImpossible Foods社がImpossible Burgerを製品化したが、これは遺伝子組み換え大豆を使っている。仕方なく使っているというのではなく、遺伝子組み換え農業の活性化のためにあえて使う、というかなり曲がった意図の元に作られたもの(6)。他の会社によって非遺伝子組み換え大豆で作られた代替肉も作られており、それは推奨できるが、少なくとも、このImpossible Burgerは食べてはいけない。健康にいいわけないし、壁にぶち当たった遺伝子組み換え農業を延命させるだけであり、米国で遺伝子組み換え農業と対決してきた市民団体Center for Food SafetyはImpossible Burgerに使われる大豆タンパクの使用を承認した米国食品医薬品局(FDA)に対して訴訟を起こしている(7)。
一方、培養肉は牛などの細胞を培養することで増やすというもの。つまり工場で作る肉となる。ファクトリー・ファーミングに比べると環境にいい、牛などを殺さなくていいから動物愛護にもなる、というのだが、しかし、実際に気候変動を加速させるだろう(8)。そして、この肉の生産は生態系の循環から切り離されている。やはり維持不可能なものといわざるをえないだろう。
植物をベースにした食を大幅に増やし、問題ある形で養われた肉の消費は減らして、自然循環を守る畜産を守り、食料を民主的に配分できれば飢餓や紛争も姿を消し、気候変動も、感染症の蔓延も止めることは十分可能である。日々の食が世界を変える。
(1) ショートフィルム:土は生命体
(2)TEDx Talk covers how grazing cattle can heal the Earth
(講演12分弱英語)