重イオンビーム放射線育種は実質日本だけーコシヒカリ環1号、あきたこまちR問題を考える

 重イオンビーム育種米問題は、放射線育種として伝わってしまったため、幾重にも誤解が広がった。「放射線育種なら以前から世界各地でやっていたから問題ないんじゃないか?」など。でも以前からやっていたガンマ線を使った放射線育種は実質的にすでにもう終わっている。今回、登場した品種はそれとは違う重イオンビームを使ったもの。
 重イオンビームはガンマ線と比較にならないほど1点にあたる破壊力が強い。ガンマ線があたっても遺伝子が直接傷つくことは稀で、細胞内で活性酸素(フリーラジカル)が作られて、それが細胞を傷つけ、突然変異が生まれるケースが大半とのこと。それに対して、重イオンビームはイオンが遺伝子の2重鎖を切って破壊していく。同じ技術というにはあまりに違いが大きすぎる。
 
 どれだけ開発実績があるのか、国際原子力機関(IAEA)に提出されたデータでイオンビーム育種されたと品種を調べた(1)。世界で26例しか見つからなかった。その内訳は日本が13品種、中国が6品種、マレーシアが3品種、バングラデシュが4品種。しかし、マレーシアの3品種は日本で照射されたもので、バングラデシュも同様だろう(2)。となると日本で作ったのが20品種、中国は6品種だけということになる。しかも中国は1998年を最後に重イオンビーム育種による新しい品種は届け出がない。つまりIAEAのデータを前提にする限り、重イオンビーム育種は現在日本でしか行われていないことになる。
 
 「放射線育種は世界で広く行われてきた」と言って、この開発技術はどこでも受け入れられていると政府は言うけれども、実際には現在やっている国は事実上日本しかないのが実態であることが見えてくる。
 農水省お抱えの「ジャーナリスト」たちが言うようにもしこの技術が本当に「すごい」技術だったら、なぜこの技術が世界に広がらないのか、説明が必要だろう。本当にすばらしい技術であれば多くの国が採用していくはずだ。しかも日本はこの技術を広めるために毎年国際会合まで開いて、採用を働きかけているにも関わらずほとんど採用の動きがないのだ。
 
 しかも、日本でも重イオンビーム育種米である「コシヒカリ環1号」が品種登録されたのは2015年。農水省はこの品種やこの品種と交配させた品種(「あきたこまちR」など)を全国に普及させるために毎年、都道府県に交付金を出して奨励している。それにも関わらず、成功例はいまだにない。宮城県は「ひとめぼれ」との交配品種を2つも作って昨年から生産開始をめざしたが、どちらも「ひとめぼれ」とは似て非なるものになってしまい、収量が下がってしまう、という結果となったので、中止してしまった。埼玉県でも試験栽培で同様の結果が出ている。石川県は2020年に「コシヒカリ環1号」を産地品種銘柄に指定して生産が行われたが、結果は振るわず、昨年は生産ゼロになってしまった。成功例8年経ってもゼロ。
 汚染地であれば吸収されるカドミウムが下がるというメリットがあるとしても、必要なマンガンも十分吸収できず、収穫が減り、特許料毎回払わなければならず、自家採種すら許されないということでは、非汚染地の生産者側にはメリットはない。
 
 なぜ、秋田県はこの品種への全量転換を決めたのだろうか? そして兵庫県は全量転換を検討しているのだろうか? 農水省は来年の予算概算要求で2025年までに3割の都道府県にこの品種の導入を柱とするカドミウム低減施策の採用を求める交付金のための予算を求めている。
 本当のメリットがあるのは農水省ではなく、原発輸出に失敗した原発村なのではないだろうか? 原子力技術の平和利用の名の下に原子力技術者を確保し、原子力産業を維持するためにはその口実が必要とされる。今後、原発は厳しいことを考えれば重イオンビームを社会に不可欠なものにしていけば生き残りやすくなる。
 
 「あきたこまちR」を批判したら自民党までがその批判への反応を示した(3)。市民団体の声に対して自民党自体が動くというのは異例の事態だろう。そして原子力村も反応してきた(4)。やはり原子力村がこの問題の背景にあることが見えてくる。
 
 このまずい農水省の方針と、それを採用してしまった秋田県の決定によって、秋田県の農家にとって困った事態がやってこようとしている。2025年以降、秋田県は従来の「あきたこまち」の種籾を供給しない。なんとか「あきたこまち」を絶やさないように、秋田県の農家支援が必要だ。
 
(1) IAEA Mutant Variety Search https://nucleus.iaea.org/sites/mvd/SitePages/Search.aspx

(2) バングラデシュでは1品種だけ日本で重イオンビーム照射されたことが明記されており、3品種は記載がないが、同様に日本で照射していると考えられる。
 マレーシアで種の問題の国際会議があり、マレーシアの専門家が何人も参加していたが、マレーシアのこの3品種のことを知っているという人はいなかった。作ったけど売れていない事情が見えてくる。

(3) 自由民主党:「あきたこまちR」全面切り替えへ 安全性に問題ありません
https://www.jimin.jp/news/information/206654.html

(4) 日本原子力産業協会:放射線を活用したコシヒカリの画期的な育種に反対運動 いまこそ放射線教育を!
https://www.jaif.or.jp/journal/column/kojima/20438.html
モンサントに招待されてすっかり宗旨替えしてしまった小島正美氏の記事。放射線育種と放射線照射を混同したり、目も当てられないお粗末な文章になっています。放射線教育必要なのは誰でしょうね?

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