農水省:自家採種を原則禁止に?

 とんでもない情報が飛び込んできた。これまで種子の自家採種は基本的にOKで、自家採種禁止されるケースは例外だった。これを逆にして、自家採種は原則禁止に変える方向で農水省が検討に入ったというのだ。主要農作物種子法を廃止して、民間企業の支援政策に熱心な農水省がさらに、種苗法を企業のさらなる利益になるように変えようということだろうか?

日本農業新聞 種苗の自家増殖 「原則禁止」へ転換 海外流出食い止め 法改正視野、例外も 農水省

 もっとも、日本政府はすでに1998年に種子企業に自家採種禁止の権限を持たせるUPOV1991年条約の批准をしており、それに合わせて種苗法を変えている。2004年の研究会で農水省は今後は種子の育成者(その多くは種子企業)の権利を守るために自家採種を制限していく方針を確認している(研究会報告書)。

 その制限の方法としては
1. 原則自家採種禁止。自家採種を例外として扱う。
2. 原則自家採種容認。自家採種禁止を例外として扱う。
の2つがある。現行種苗法は2の方法を取ってきた。自家採種できない種苗が年々増えてくる形だ。しかし、日本農業新聞が伝えるのは、農水省はこの1に転換することを検討しているということだ。

 要するにそう変われば、新しい品種は今後は自動的に自家採種できなくなるということになる。もっとも新品種ではない在来の種子の採種は例外として認められることになるだろう。「従来の種子が自家採種できることに変わりはないのか。なら大丈夫」と思われる方もおられるかもしれない。でも、果たして安心できるだろうか?

 たとえば主要農作物の場合、都道府県で産地銘柄品種の選定が行われる。この選定にもれてしまうと、その品種は「その他の品種」としてしか販売する時に表示できない。今後の産地銘柄品種の選定はどうなっていくのだろうか? これまで都道府県が生産してきたコシヒカリなどの公共品種に代わり民間品種の活用が推奨されている。そんな中で、たとえば生産が少なくなってきた品種、たとえばササニシキ。これが産地銘柄から外されてしまったらどうなるだろうか? ササニシキはササニシキとして売ることはできず「その他の品種」という名前でしか売ることができない。流通業者は「その他の品種」の米を売ってくれるだろうか? もし流通から拒絶されてしまったら、作りたくても作れなくなる。消費者にとっても選択の範囲が減ってしまうことになる。

 つまり自家採種が禁止されなくても、その種子を実質的に使えない事態が生まれるかもしれない。そうなっていった時、結局、農業をやろうと思ったら企業から種子を買わざるをえなくなってしまうのではないか? そして農薬漬けの農業から逃れられなくなるのではないか? 一番、不利益を被るのは消費者かもしれない。

 問題は自家採種するか否かではないのだろうと思う。実際に自家採種することのできる農家は減っていると聞く。種子を買うことが悪いことではない。篤農家の企業からタネを買うことに何が問題があるか? 問題はそこにはなくて、この一連の変化によって、種子市場の性格が変わり、そして農業、食のあり方が変わって行ってしまうことにある。問題は独占であり、それによって農業や食のあり方がゆがめられる。そして、多様性が失われたり、農薬漬けの種子ばかりになるなどして農業や食が危険になることが問題なのだ。

 確かに開発費をかけて開発した品種で、その開発費が回収できなければその企業は潰れるだろう。だからそうした開発費を回収できるように販売できるようにすること自体が悪いことではない。問題は独占なのだ。

 オープンソースという考え方がある。コンピュータソフトのソースは以前は共有の知的財産だった。しかし、マイクロソフトなどがそのソースの共有を拒否し、独占したことから対抗してソースを共有するオープンソース運動が始まる。今はこの運動の精神を引き継いで、オープンソース種子運動が生まれている。つまり種子を売ることが問題なのではない。種子を独占することが問題なのだ。実に今、世界をもっとも席巻しているオペレーティングシステムはオープンソースのものであり、独占された企業のものではない。独占化ではなく共有財産化こそが世界のICTの進歩を支えていると言っていい。種子の開発にもそれはいいえることだろう。

 今回の自家採種原則禁止に変えてしまうことに何が問題があるかというと、種子というものをアプリオリに知財としてしまう、つまり独占物とみなす、その捉え方が大きな問題だ。遺伝資源はみんなのものであり、それを使って商売することは許されるが、それを独占することは許してはいけない。開発費用を回収できるまで、例外的に販売権を限る、ということならばありえるが。

 種子企業の利益を守るのであれば、農家の種子の権利を守る政策も同時に考えなければ一方的なものとなってしまう。種子の多様性を守っているのは農家の人たちなのであり、種子企業だけを優遇すればその多様性はあっという間に激減してしまうだろう。それは生物多様性維持の面からもマイナスであり、現に日本政府が批准している食料・農業植物遺伝資源条約はそうした農家の種子の権利を守るのは政府の責任であると規定している。

 つまり、自家採種可能な種苗、公的な種苗による循環型農業の支援方策として、そうした種子からできた農作物の流通を支援・推進する方策を政府が採用することを求めていく必要もあるだろう。実際に、ブラジル政府はこうした政策を実施している。ブラジル政府はクリオーロ種子条項を2003年に新設し、農家の自家採種、種子の交換を支援し、政府自ら農家の種子の販売を支援し、その収穫物の買い取りを行うなど、農家の種子に基づく農業の拡大支援に乗り出している。来年から「家族農業の10年」で小規模家族農家の支援が世界的に行われる計画だが、その中でこうした政策の重要性が世界中に浸透していくことになるはずだ。

 今後、何をすべきだろうか? 農水省は自家採種原則禁止の検討に入っただけで、必ずしも決定したということではないと聞く。日本政府の農業政策が世界の中で突出しておかしい。民間企業の農業参入ばかりを焦り、肝心の農家の支援政策がまったく崩壊しつつある。この動きをまず止める必要があるだろう。

 日本政府が批准している食料・農業植物遺伝資源条約に基づいて、農家の種子の権利、次の世代に渡すべき遺伝資源を守るための法律は今の日本にはまだ存在しない。今年には小農の権利宣言も採択されることになるだろうが、種子の権利はその柱の一つである。企業の利益ばかりに走る日本政府をこのままにしておけば、貴重な種子の遺伝資源はあっという間に消えていきかねない。消えてから嘆いても遅い。そして農家が続けられなければそれは守ることができないのだから。それを守ることこそまず「い」の一番にやるべきことなのではないか?

 そして種子の多様性を守ること、そしてそうした種子を活用してできた農作物を広める販路を強化・支援すること、これは国会や政府の対応をまたずにできることだ。

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