なぜ「ゲノム編集」や遺伝子組み換えでは画期的な品種が作れないか、生命の遺伝子発現の仕組みを知ることが重要になる。
「ゲノム編集」や遺伝子組み換えの遺伝子工学においては、1つの遺伝子は1つの機能を持つ。だから、生命の機能をバラバラの部品のようにして、それを組み立てる工学モデルを作る。合成生物学ではすでに自動車の部品のように特定の機能を持つパーツまでが作られている。それを組み合わせれば合成生物のできあがりとなる。ただ、その工学的発想で作れるのは単純な合成生命に限られる。この発想は半世紀前、遺伝子が発見された頃、考えられた古いもので、現在、研究が進む実際の遺伝子発現においては、この想定とはまったく違ったことが起きていることがわかってきている。
実際には生命の1つの機能は数多くの遺伝子あるいは非遺伝子的要因が関わって作り出されている。コアな遺伝子がその機能の実現に大きく関わっているとしても、その遺伝子だけでは決まるのではなく、数千の遺伝子がなんらかの形で関わって、ある形質が作られる(がんも含めて)。言ってみれば個々の遺伝子は孤立して存在しているのではなく、ネットワークの一員として存在している(添付図の右端をイメージしてもらいたい)。
この多数の要素の関連を解き明かそうとするのがOmnigenics。
いらつくハムスターをより穏やかなハムスターにしようと、いらつく物質を作る遺伝子を「ゲノム編集」で破壊したところ、穏やかなハムスターになるどころか、超攻撃的なハムスターに変わってしまった、という(1)。
たとえば高温に耐える作物、干ばつに耐える作物を作るということで、暑さの制御に関わる遺伝子を追求し、それを操作することで高温に耐える作物が作れるはず、として遺伝子操作してきたけれども、従来品種に比べても見劣りがするものしかできなかった。高温に耐えるためには数多くの遺伝子や非遺伝子的要素が働いて、遺伝子発現をコントロールしなければならないのに、特定の遺伝子を破壊してしまえば、そのコントロールはむしろできなくなるかもしれない。
これまで遺伝子操作で実現できた成功例は農薬かけても枯れない農薬耐性品種と害虫を殺すタンパクを作る害虫抵抗性品種くらい。どちらも単純な機能を付加しただけ。ラウンドアップ耐性遺伝子組み換えはラウンドアップがブロックしてしまうシキミ酸経路に大腸菌遺伝子を使ってバイパスを作ることで枯れなくする。後者はBt毒素を作り出す土壌細菌の遺伝子をトウモロコシなどに注入して、その毒素を作らせる。どちらも単純な原理である(だからこそ、それが崩壊するのも長い時間がかからなかった。数年で耐性雑草、耐性害虫が現れた)。
遺伝子工学では農薬をどんどん使ったり、有害な毒素を作り出すという多くの人にとっては敬遠したくなるような品種しか作れてこなかった。そして「ゲノム編集」も同様の前提で、新しい品種を作ろうとしているのだが、本当に人類にとって必要な品種をもたらしてくれる技術ではありえないことがわかるだろう。
つまり失敗することが確実な技術であるということになる。つまり誤った古い考えを適用しようとするから、結果を残せない。遺伝子組み換え作物大量栽培が始まって、すでに26年。気候危機、生物絶滅危機が深刻化する現在、このウソに付き合っている余裕は私たちにはないはずだ。
遺伝子操作ではなく、遺伝子・非遺伝子のネットワークを活用することで、人類は現在の危機を脱する品種を確保できるはずだ。それは古くからの種採りや交配技術の重要性を最新の知見によって再発見することにつながるのかもしれない。
Bound to fail: The flawed scientific foundations of agricultural genetic engineering
https://www.gmwatch.org/en/news/archive/2018/18593
(1) Scientists ‘really surprised’ after gene-editing experiment unexpectedly turn hamsters into hyper-aggressive bullies
https://www.businessinsider.com/surprise-as-gene-edited-hamsters-turn-hyper-aggressive-new-study-2022-5
(2) 添付図は
Omnigenic architecture of human complex traits
https://www.genome.gov/Multimedia/Slides/MissingHeritability2018/10_pritchard_omnigenic_architecture_human_complex_traits.pdf