「ゲノム編集」という言葉が隠す事実

 先日、「ゲノム編集」に関する研究者による国際的なWebinarを見ていて、とても興味深かったのだけど、分子生物学者で遺伝子組み換え工学も手掛けたJonathan Latham氏は「ゲノム編集」という言葉は科学的な名称ではなく、マーケティングの言葉だと述べた(1)。
 つまり、編集というと精密な作業とみな思ってしまうが、実際にはそんなものは行われていない。遺伝子を破壊した後は実は生物任せ、運任せ。それをあたかも正確な行為のように呼ぶのはマーケティングのため、企業のためであって、科学ではないのだ。「ゲノム編集」の代わりに彼が用意する言葉はゲノム・スクランブリング(スクランブルエッグになっちゃう?!)
 
 実際にDNAの切断を行うことは大きなダメージになりかねないパニック状況を作り出す。そこからどう生物が回復するかは、その生物の命にも関わりうる大問題。だけどDNAを切断した後はもう放置なのだ。
 
 その切断の後がどうなるのか、しっかり調べた研究が日本の研究者によって行われているのだけど、それによると、破壊された後、想定通りにその遺伝子が欠損状態になるとは限らず、レトロトランスポゾンや内在性遺伝子、および「ゲノム編集」に用いたベクターなどが切断されたところに入ってしまうという予想外の結果が多数生み出されているという(2)。
 
レトロトランスポゾンとは? ベクターとは?
 DNA→RNA→タンパク質となるのが生物のセントラルドグマと言われるけれども、一部にはDNA→RNAとは反対のRNA→DNAの逆転写が起きる。そのことによって遺伝子が移動する。それがレトロトランスポゾン。またウイルスの中にはRNA→DNAの逆転写によって宿主(細菌・動植物や人間)のゲノムに入り込むものもあり、レトロウイルスと呼ばれる。実はこれが生物の進化を促した可能性もあり、子宮の中で赤ん坊が育っていける胎盤を作る上でも重要な働きをして、共生しているレトロウイルスもあるし、同じレトロウイルスでもHIVのように危険なウイルスもある。
 「ゲノム編集に用いたベクター」というのはCRISPR-Casを細胞内に入れる運び屋のことで、植物の場合はアグロバクテリウムという病原菌が使われる。この病原菌は自分が持つ遺伝子を植物に挿入して植物に感染する性質を持っている。これを使って植物に遺伝子を入れる方法がよく使われる(遺伝子組み換えでも「ゲノム編集」でも)。

 こうしたレトロトランスポゾンやベクター自身の遺伝子が遺伝子の切断されたところに入ってしまうことが確認されたのだ。何も入らずに欠損状態になることを狙っているのに。
 共存できなかったレトロウイルスとの遭遇で多くの個体が命を失うなどを経て、進化によってトランスポゾンやレトロウイルスに対する制御もできるようになった生命のゲノムがこの「ゲノム編集」によって再び撹乱させられる。スクランブルエッグならぬスクランブルゲノムにされてしまい、想定しなかった混乱が起こりうる。なぜならそのゲノムの防御の仕組みを飛び越えてCRISPR-Casやカリフラワーモザイクウイルスの遺伝子などの飛び道具がゲノムに注入されてしまい、強制的に機能するようにさせられるからだ。
 
 つまり、今、市場に出てこようとしている「ゲノム編集」はこのような不安定さを持ち合わせていると考えるべきだろう。この不安定さを取るためにはどうする? あらかじめ、この切断したところに入れる遺伝子を用意しておき、それがしっかりと入ってくれれば予想通りのものに仕上げることができる。すばらしい?! いや、それは結局、外部の遺伝子を挿入するので、現在の国際的な了解からもそれは遺伝子組み換えとして規定されることになる。今は「ゲノム編集」を規制させずに流通させることが目指されているので、この「ゲノム編集」は禁じ手となっている。この不安定さは今後もつきまとうだろう。
 
 予想外の変化というと狙ったところではないところの遺伝子を破壊してしまうこと=オフターゲットのことばかりが話題になる。政府も「オフターゲットはありません、だから安全です」、といつも言うのだが、上記のものはすべてオンターゲット(狙い通り)の遺伝子が破壊された場合に起きる問題である。このオンターゲットで生じる問題に対して、政府から明確な説明を聞いたためしがない。
 
 従来の遺伝子組み換えや「ゲノム編集」によって遺伝子の破壊を生み出す方法には危険が存在し、それに対して、従来の品種改良法はこの遺伝子の相互作用、ネットワークを生かしながら新たな可能性を開くことができる。遺伝子解析を活用すれば効率も上がる。結局、遺伝子組み換え企業でも遺伝子組み換えによらない品種改良が成功していることからもそれがわかる(3)。
 じゃぁ、もうそれでやればいいじゃん、と思うし、それはそうだと思うのだけど、ただまだ問題がある。通常の品種改良なのにこうした品種改良で特許が取られてしまい、独占されてしまうことが多いからだ。この問題はまたいずれ考えたい。
 

(1) Jonathan Latham: Gene ‘Editing’ or Genome Scrambling?

(2) Exosome-mediated horizontal gene transfer occurs in double-strand break repair during genome editing
https://www.nature.com/articles/s42003-019-0300-2

(3) 以下の2つの記事については後でもう一度考えたい。
Non-GM successes: Introduction
https://www.gmwatch.org/en/articles/non-gm-successes

Conventional breeding produces non-GM virus-resistant tomatoes
https://www.gmwatch.org/en/news/latest-news/19785

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