ウクライナへの戦争の本質は何なのか?

 ウクライナから伝えられる情報には本当に胸が潰される思いがする。大量虐殺が確実に起きることが明らかであるのであるから傍観も許されない。なぜ、このような凄惨な破壊がされるのか?
 ウクライナは欧州の穀倉地帯。世界でも有数の豊穣な土壌を持つ地域だが、この豊穣さがかつてのソ連の「奇跡」を支えた。世界が恐慌に苦しむ中、ソ連だけがめざましい経済成長を続けた。それは「社会主義の優越性を示している」のではなく、閉じられた世界でソ連はウクライナを初めとする農民を徹底的に収奪した、その血に塗られた成長だった。
 
 かつての大英帝国がアイルランドを収奪することで世界帝国への道を進めたのと同じことをソ連はウクライナにしたのだ。そして英国がアイルランドから、言葉を奪い、その文化の独自性を否定し、独立性を否定し、歴史を奪おうとしたように、ソ連はウクライナの固有性を奪おうとした。ソ連や英国だけではない。日本もまたアイヌ、琉球、台湾、朝鮮、中国東北部に対して同様のことをしてきたではないか? さらに言えば、このソ連の発展の秘密を探る機関こそ満鉄であり、その政策は「満洲国」で実験された。その中心こそ、安倍晋三元首相の祖父、岸信介であり、その経験は岸の政界復帰と共に戦後日本に植え付けられた。安倍氏は「ウラジミール、君と僕は同じ未来を見ている」と言ったが、これは単にスピーチライターの原稿に留まらず、実際に2人は同じ未来を見ている。
 
 そのウクライナがソ連の解体後、独自性を獲得しようとした時、プーチンは怖れを抱いたのではないか? かつて日本の軍部が中国東北部を生命線と呼んだように、ソ連にとって生命線であったウクライナが自己を持つということにその帝国の継承を自負する彼は恐怖心を抱いたのではないだろうか? 戦後の復興が想像がつかないほどに破壊し尽くすその戦術には彼の恐怖を感じずにはいられない。
 
 しかし、歴史を他国から奪うその過程は同時に自らの国の歴史をも否定することになる。正当化しえない行為は自らの歴史からも抹殺しなければならない。自らの国の歴史の改竄が不可避になる。おのれの歴史を失う、つまり自己を見失うことになる。国家は正当性を失い、文化は命を失う。今の日本がそうであるように。ロシアのためにもこの戦争は止めなければならない。
 
 もちろん、自己といっても1つではない。1つの国家に集約されることのない多様な自己があり、歴史がある。自己を失うことは生きること自体の否定、そして、社会崩壊につながる。だからこそ、尊厳を奪われようとするものは生命をかけて闘わざるをえない。その抵抗の強さは、奪う側のものには理解が難しいかもしれない。しかし、それは失われてはならない双方に貴重なものなのだ。この闘いで問われていることの奥底にはそれがあると思う。
 
 この戦争は同時に米国による秩序の崩壊と再構築の最前線でもあり、さまざまな文脈が交錯している。軍事企業はもちろん、アグリビジネスも世界が食料危機に苦しもうとする中、いっそうの利益を上げ、より広域の人びとの食料主権を奪っていこうとするだろう。そして、戦後はそうした勢力によって再編されようとしていくことは確実であり、警戒しなければならない。
 
 ウクライナでの戦争が一刻も早く止まることを願わざるをえないし、そのために何ができるのか考えたい。

 もちろん、問題はウクライナだけに留まらない。アマゾンの先住民族にも危険が迫っている。それはまた別の機会にまとめてみたい。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。