グローバルな文脈での種苗法改正が持つ問題

  4月1日から改正種苗法が完全実施となるが、この改正がどんな文脈で作られたものなのか、今一度、確認しなければならない。それには日本国内の動きを見るだけではわからない。これは、今、世界で同時進行する多国籍企業による食料システム独占のプロセスの一環なのだ。そして、それを別の視角から見たら、まったく別の展望が見えてくるはずだ。

 まず、最初の方を見てみよう。今、世界各地で、各国の種苗法が書き換えられる動きが進行している。共通しているのは北(先進国)の市民・農民はその問題に無関心が多いのに対して、南(開発途上国)では国をあげた騒ぎに発展する傾向がある。種苗法改正はより南の農家にとって過酷な状況をもたらすからだ。
 日本では2020年12月に種苗法改正案が成立したが、同様の種苗法改正を海外政府にも求めている。その根拠となるのがUPOV1991年条約だが、種苗の知的財産権、育成者権の遵守を各国に義務付ける国際条約となっている。種子メジャー(その最大勢力は遺伝子組み換え企業)のロビー活動でこの国際条約は作られた。その知財権は北の先進国企業が多くを所有し、その遵守は南の国々にとってはその国の種苗が海外企業に押さえられることにつながるから、批准はなかなか進まない。そこで先進国は自由貿易協定を使って、それを南の国に押しつけていく。農産物の買い上げと引き換えに呑ませるわけだ。TPPもその1つだ。

 日本政府はこのUPOV条約をアジアの諸国に批准させようと東アジア植物品種保護フォーラムでの働きかけを毎年やっている。援助という名目でJICAなどもそれに動員されている。しかし、UPOV条約を批准し、その国の農業で使う種苗がより外国企業に握られてしまえば、その国の種苗産業は成長できなくなってしまうことが懸念されており、その本質は援助からかけ離れている。つまり、種苗を握ることで支配的な影響力を行使しようというものであって、相手の国の発展のための援助ではないのだ。

 北以上に南の農家にとってUPOV問題は死活問題になる。というのも、北以上に南での種苗法施行は厳しいものになる傾向にある。コロンビアでは種苗法と種苗認証法の2つによって、認証されない種苗を使った農業は禁止された。認証された種苗は海外企業の種苗ばかりで、それを買うことを強いられた。それゆえ反発は大きく、主な主要幹線道路が封鎖される大きな騒動となった(1)。

No to UPOV

 こうした法案を「モンサント法案」と名付けて、南の農民たちは反対運動を展開した(2)。昨年12月にはUPOVに反対するグローバルな行動週間(No to UPOV! Global Week of Action)が組まれた。UPOVへの反対の声は世界中に広がっている。

 果たして種苗法改正論議の時に私たちはどれだけそうした声に耳が傾けられただろうか? 日本政府の種苗に対する政策がアジアや南の農家の権利を奪うことにどれだけ私たちは敏感に反応できただろうか?

 スイスではSWISSAIDという国際支援団体がこの問題に取り組んでいる。つまり、スイス国内の種苗政策が海外の農民を奪うことに警鐘をならし、スイス国内だけでなく、世界の農家のタネの権利の確立に向けて活動を行っている(3)。

 この問題を別の角度、生物多様性という視点から見てみたい。

 先進国で栽培される農作物の中には南の国々由来の種苗が使われている。トウモロコシも、ジャガイモもそうだ。ジャガイモはヨーロッパの多くの人びとの貴重な栄養源となった。しかし、ヨーロッパでの育成方法は誤っていた。ジャガイモは種イモから作るために遺伝的に同じになってしまう。だから菌病に弱い。同じ品種だけ育てればあっという間に全滅しかねない。そして、19世紀、ヨーロッパはその菌病に苦しめられた。アイルランドでは人口が4割も減ってしまう悲劇を経験した。
 その悲劇を救ったのは中南米の先住民族が守る生物多様性に富むジャガイモだった。中南米の先住民族は決して同じ品種ばかり育てることはせず、同時に多数の品種を守り続けた。その多様な遺伝資源があったから、ヨーロッパは飢餓から救われた。南の多様性が北の飢餓を救った(4)。

ペルーの農民

 その経験に学ぶことなく、再び、北の種苗会社は売れ筋の種苗だけを広範囲に売りつける。菌病は農薬でコントロールできるとして、同一品種ばかりを売っている。しかし、化学物質では菌病は防げない。化学物質には菌が耐性を持ってしまうからだ。

 生物多様性に富む遺伝資源を持つ南の農家の種苗を今、種子メジャー=遺伝子組み換え企業は奪おうとしている。世界中でUPOV条約の押しつけが進み、同時に遺伝子組み換え/「ゲノム編集」品種が押しつけられようとしている。その問題に北の市民は無関心のままだ。食の決定権が奪われていることにも無感覚になっている。そして、南の農家が自分たちが持つ種苗を失ってしまえば、もはやかつて北を救った南の多様性も失われる。

 北では農業生物多様性の喪失は進んでいる。企業から種苗を買うのが当たり前になってしまったからだ。しかし、南ではまだ自分たちの多様な種苗を持っている農民が残っている。その種苗は未来への遺産にもなりうる。今、その人類の遺産が失われようとしている。未来がかかっている。
この種苗法の国際的な展開をなんとか止めなければならない。それは日本だけではなく、世界の今後を握ることになるからだ。南の多様な種苗を守ることは、北にまだ存在する多様な種苗を守ることとも同時に並行して進めることができるはずだ。この現在の種苗メジャーを優先する政策を変えることができればそれは可能になる。そのためにもこの種苗法の問題は国際的な見地からこれからも取り組まなければならないものなのである。

(1) コロンビアでのモンサント法施行(2013年9月の投稿)
https://www.facebook.com/InyakuTomoya/posts/709475305745969

(2) モンサント法案についての記事
https://project.inyaku.net/?s=モンサント法案

(3) SWISSAIDのすばらしい活動。日本こそこういう活動やらなければならない。
SWISSAID: Seed policies
«The possibility to grow, exchange and sell your own seeds is existential»
https://www.swissaid.ch/en/articles/the-possibility-to-grow-exchange-and-sell-your-own-seeds-is-existential/

(4) ペルーの先住民族が守っている在来品種のジャガイモが世界を救う
2021年11月1日の投稿
https://www.facebook.com/InyakuTomoya/posts/5830683523625096

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